書籍発売記念SS・最強と最強4



 割り込んだ人物を簡単に説明するのなら、小さな黒猫。


 黒を基色とし、フリルなど一部に白が使われるモノクロスタイルの着物ドレスを身にまとい、そのドレスには僅かながら桜色の蝶が舞い踊る柄がよく映える。


 身長はシルルとほぼ変わらず、黒い髪と猫の耳、そして猫の尻尾が特徴的な美しい少女。


 身長だけで言うならば幼女と呼んで差し支えないのだが、本人が纏う雰囲気がそれを許さない程に凛とした人物だった。


 腰には白銀に輝くこしらえの刀と、光さえ吸い込みそうな漆黒の拵の刀を二振り腰に差している。


 その少女はハルニレから手を離すとプリムラの目を真っ直ぐ見詰め、一歩引いた後に袴風のフリルスカートを両手で摘んで膝を曲げた。それは所謂いわゆるカーテシーだった。


「お初にお目にかかります、旅のお方。私はこの子の伴侶で、到達者が一人、【屍山血河しざんけつが】ノノン・ビーストバック。この国ビーストバックの武王にございます」


 その纏う空気を一言で表すならカリスマ。発されるオーラに当てられた観客は儀礼としてではなくそうするべきと心が感じた故に跪く。


 しかしブチ切れてるプリムラは違った。決闘とは言え試合形式だったはずの戦いで殺されかけた事と、それを意識して反撃した所に邪魔をされたのだ。内心はシンプルに怒髪天を衝く感情が吹き荒れている。


 そも決闘とは、確かに命懸けではあるが殺し合いでは無い。本来ならば誇りをかけて行われる戦いであり、その証明が命題。ならば今回の決闘の落とし所は誰がどう見ても、相手を殺す必要が無い。


 にも関わらず、シルルは致死性の攻撃をバンバン使った。プリムラもトリカブトを使ったが、あれは致死性ではあっても即死はしない。決闘の後に解毒は十分可能だし、樹法なら問題なくそれが出来る。


 さすがに後遺症が全くないとは言わないが、それこそ決闘なのだからその程度の事は仕方ないはずだった。もとより後遺症など普通の訓練でも可能性はあるのだから。


 まだ仲間に裏切られるどころか、出会ってすら無い今のプリムラはちゃんと礼節を知っている。いや二度目の転生後も礼節を知らないわけじゃ無いのだが、礼節を知ったうえで無視してる分余計にタチが悪い。


 とにかく、今のプリムラは王を相手に相応の対応をするべきだと頭では分かっているのだ。だが燃え盛る激情がそれを許してくれない。


 そんなプリムラを見て、ノノンは儚く笑って更に頭を下げる。


「みなまで言わずとも、此度の事で悪いのは全面的にこちらです。申し訳ありませんでした。もちろん決闘はあなたの勝ちですし、それでも納得が出来ないと言うのであればこの首、あなたに差し上げましょう」


 王が頭を下げる。だけに留まらず首まで持ってけと言う。その発言に周囲はざわめき、シルルは真っ青な顔で慌て始める。


 出来るわけが無いことを口にしてふざけてるのかと思えば、ノノンの目には覚悟があった。


「…………あんたの首は、いやこの国の王の命は、嫁の為に差し出せる程安いのか?」


 常識と感情がぶつかりあった結果、そのような憎まれ口を叩くのが精一杯になったプリムラ。対するノノンは気にせず微笑んで即答した。


「違いますよ。単純に、ルルちゃんの命が私にとって国と等価なんです。もちろん、他の家族も」


 言葉を受け取ったプリムラは激情を誤魔化すように頭を振った。ここまで言われて怒り続けるのは、余りにもダサいと思ったから。


「……分かった。謝罪を受け入れよう」


「感謝します。……それと、少しだけルルちゃんをお借りしても?」


 プリムラはもう好きにしろと投げやりな気持ちで頷き、ノノンは輝く笑顔でお礼を言う。そして、急に冷えた顔で振り向いてゾッとする低い声で伴侶の名を呼んだ。


「ルルちゃん?」


「ひっ…………」


 先程まで猛威を振るったウサ耳とは思えない程ガクブルで真っ青なシルルにずんずんと近寄るノノン。


「あのねルルちゃん。今から、ルルちゃんがやらかした事を客観的に教えてあげるね?」


「の、ノンちゃん…………」


「ルルちゃんは、実力でこの国へ来てくれた旅人の買い物に難癖付けて、権力を利用して決闘を挑み、国外から来たから武国の戦闘に不慣れな人へ初見殺しみたいな技を連発して、あげく相手が決闘の程度に合わせて戦ってくれてるにも関わらず超越絶招まで使って殺そうとしたんだよ? とんでもない極悪人だね?」


「まッ、違うよ!? だってあの人強いもん! ちゃんと防いでたし……」


「防げるなら大丈夫って言うなら、あちらの方が観客を巻き込むような毒をばら蒔いても良かったんだよ? ルルちゃん防げるよね? ルルちゃん言ってるのはそういう事だよ?」


「えと、あの…………」


「仮に旅人さんがルルちゃんを殺したら問題になるけど、ルルちゃんは王族だから旅人さんからは殺しにくい。そう言うのも分かっててやったの? ねぇルルちゃん、とっても理不尽な事してたって分かってる? あの方はルルちゃんが殺しに来てるのに、殺し返したら王族殺しのレッテルを貼られるのに貰えるのは味噌なんだよ? 分かってる? ねぇ本当に分かってる?」


 シルルがノノンにめちゃくちゃ詰められていた。三十分ほどたっぷりとお叱りを受けたシルルはえぐえぐと泣きながらプリムラに謝った。


「ごめんなさぁぁぁあ〜〜〜〜〜〜い!」


 ぴえんだった。それはまさにぴえん超えてぱおんだった。


 キレ散らかして居たプリムラでさえ「も、もういいぞ」と許してしまう程だった。


「本当に申し訳ありませんでした。お詫びに武国滞在中は宿泊場所やその他諸々のお世話をさせて頂きたいのですが……」


「いや、そこまでは別に……」


 過剰と言えるほどに腰が低い武王ノノンに対してプリムラは段々とタジタジになってきた。なにより、これだけ低姿勢だと言うのに芯ははっきりと感じられ、けっして卑屈には見えないノノンのカリスマに少し惹かれつつもあった。


 これが武王だと言うなら、まさにこの国は武国だろうと納得もする。


 ふと、プリムラはどうせならと気になったことを聞く。


「一つ、聞いても良いか?」


「なんなりと。お答え出来る事でしたら」


「あんたらはどうして、魔王討伐に名乗り出ない? それだけの実力があるなら…………」


 感じた疑問。それは先程シルルに思った事だった。そんなに強いならお前らがやれよと。


「ああ、なるほど。確かにそのお気持ちは正当なものでしょうね」


 得心がいった顔で頷くノノンは、少し思案した後にプリムラへと逆に提案する。


「私が一から十まで全て教えても良いのですが、どうせなら自分で探してみますか? あなたほどの人でしたら、私とも戦えば答えが見えるかも知れません」


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