書籍発売記念SS・最強と最強1



「そのお味噌、ちょっと待ったー!」


 移動を含めず、武国滞在五日目の昼。


 プリムラはどうせ手に入れて解析するならば最高品質の物が欲しいと、観光しながら聞き込みもした。その結果、味噌は吉崎屋なる店の物が最高グレードだと聞いてやってきた。醤油はまた別の店が良いらしい。


 吉崎屋の味噌は大層な人気商品で、料亭や大店おおだなの主がこぞって買い求めるせいで常に品薄。プリムラも望み薄かとあまり期待せずに来てみれば、なんと今日出して売れに売れた最後の樽が一つだけ残っていた。


 もちろん買う。プリムラは武国の通貨に両替した大金を出して早速手に入れようとしたのだが、そこで店の入口から大声で待ったが掛かる。


 見れば、そこには黒と薄桃色が見事に調和した和服型のドレスに身を包んだ、の少女が居た。


 白い髪に赤い目をした、一見アルビノに見える小さな女の子だ。


(…………ウサ耳、だと? この世界にそんな獣人は居ないはずじゃないか?)


 そこでふと、プリムラは記憶の片隅に引っかかる情報を思い出す。


「柔牙族の、変種か?」


 変種。柔牙族は基本的にフェネックのような大きな狐っぽい耳を持った種族だが、血統の偏りや突然変異など様々な理由があるが姿形が普通とは違う者もごく稀に生まれる。それが変種と呼ばれるのだが、それを聞いた少女は頬を膨らませて怒った。


「むぅ〜! あたしは変じゃないもんッ! しつれい!」


「あ、いや、すまん。他に表現する言葉を知らないんだ」


 プリムラは素直に謝った。確かに初対面で変種扱いは失礼極まりないのかもと納得して頭を下げる。


「…………ふーん、悪いと思ってるんだ? じゃあそのお味噌譲って」


「それは断る」


「なんでよぉ!」


 それとこれとは話が別だった。


「俺は外国から来たんだ。運良く残ってたから買えそうなのに、ここで譲ったら二度と手に入らないかもしれないだろ。むしろ、あんたは武国の人間なんだろ? だったら俺に譲ってくれよ。あんたはいつだって買える機会はあるはずだ」


「……むぅ、確かに!」


(あ、納得するのかよ。良い子かコイツ)


 プリムラは素直過ぎる女の子に対して気が抜け、くつくつと笑ってしまう。


「でもでも、あたしもお味噌欲しいの! 時間ないの! ノンちゃんのお祝いにお料理作ってあげるんだもん! だから、譲って!」


「断る」


「なんでよぉ!」


 説明され、譲れない理由も理解した。恐らくは誕生日や記念日、もしくは何かしらの祝い事が近いのだろう。それなら確かにいつでも買えるからと譲れないのはその通り。


 だがそれはそれ、これはこれ。プリムラも自分のQOLクオリティ・オブ・ライフを高める為に譲る気は無かった。


「もう、だったら決闘だよ! 勝った方がお味噌を買うの!」


「いや、そもそも俺が先に買おうとしてんだから、その決闘を受ける利点無いだろ。店主も、まさか先に購入を決めて財布まで出してる俺を差し置いてあっちに売らないよな?」


 プリムラが吉崎屋の店主を見れば、びっくりする程の汗を流して困った顔をしている。それは冷や汗なのか脂汗なのか、ともかくウサ耳の柔牙族少女は吉崎屋の店主にとって無碍にして良い相手では無いらしい。


「……あの女の子、どっかのお偉いさんなのか?」


「その、ああ見えて武王様のお嫁様でして……」


 こそっと耳打ちで聞けば、思ったよりもデカい情報が返ってきて内心で戸惑うプリムラ。


(え、あれが王の嫁なの? つまり妃? …………言動が子供にしか見えないが、実は結構な歳なのか? 確かに柔牙族は見た目で歳が分かりにくいけど、限度があるだろ。…………待てよ? じゃぁなにか、さっき口にしてた「ノンちゃん」とやらが武王なのか?)


 脳内で情報を精査する傍ら、素直な女の子は「うぅ〜、確かに横入りしてるのあたしだぁ」と納得しかけてる。プリムラは重ねて良い子かよと苦笑する。


「この味噌を賭けるなら、せめて何か俺に利点を示してくれよ。このまま買えば良いのに、決闘で負けたらただ買えなくなるだけだろ? 今のままじゃ、俺には損しか無いぞ」


「う、うぅ〜……! じゃあ、あたしに勝ったらノンちゃんのお料理食べて良いよ!」


 プリムラは追加で混乱した。ノンちゃんとやらは武王の事じゃ無かったのか? もしかして宮廷料理人か何かだったのか? プリムラは静かに悩む。


「ちなみに、ノンちゃんのお料理は世界一美味しい! 少なくともこの国にノンちゃんより美味しい料理を作れる人は居ないよ!」


「あ、それは本当にございます。武王様は武国きっての料理人でもあらせられ、数々の料理大会を総ナメにして最後は殿堂入りという名の出禁を食らっております」


 店主もそう言って、プリムラは本当に混乱した。結局ノンちゃんが武王だったのか? 武王なのに料理するのか? プリムラはもう訳が分からない。


 しかし、それはそれとして世界一、ないし最低でも国で最高の料理人らしい武王が作る飯。それには素直に興味が出てきたプリムラは、結局女の子からの決闘を受ける事にした。


「やったー! これでノンちゃんのお祝いに間に合うよー!」


 もう勝った気になってる女の子に思う所はあるが、プリムラは大人しくしていた。


(俺もこの国に居るって時点でその腕は証明されてる。その上で勝った気で居るんだから、ウサ耳も相当自信があるんだろうな。…………ちょっと楽しみだ)


 女の子の腰にある二本の刀を見ながら、プリムラは決闘する為に場所を移動すると言う少女の後をついて行く。ついでに吉崎屋の店主もついてくる。


「いやぁ、姫様の戦いが見れる機会なんて早々無いものでして」


「…………あのウサ耳、妃なのに姫って呼ばれてるの? もう情報多過ぎて胸焼けしそうなんだけど」


 ともあれ、そんな期待を貰うくらいには手練らしいウサ耳。プリムラは決闘が俄然楽しみになった。


 武国はその性質上、国中の至る所に闘技場が存在する。そしてその多くは自由に使用出来る施設となってて、街で喧嘩など起ころうものなら「闘技場でやれ!」とお叱りを受けるくらいには市井に溶け込んでいる。

 その一つへと案内され中に入ると、ウサ耳は国でもトップクラスの猛者らしく様々な視線を向けられる。


 吉崎屋の店主みたいな者も多いのか、闘技場の利用者はあっという間に場所を空けて観戦する姿勢を見せる。なんなら賭けまで始まる程だった。


 闘技場と言っても空き地に木組の受付と柵を設けた程度の場所だったが、その真ん中で向き直ったウサ耳が威勢よく名乗りを上げ、民衆の期待を煽る。


「改めて、決闘受けてくれてありがとう! あたしは到達者が一人、【誓銀兎想せいぎんとそう】シルル・ビーストバック!」


「…………プリムラ・フラワーロードだ」


 到達者とやらも、せいぎんとそうとやらも、プリムラにはなんの意味がある名乗りなのかは分からない。だがやはり国ではひとかどの武人らしく、その名乗りを聞いた民衆は沸き立っている。


 それに比べ、自分の名乗りはなんと貧相なのか。プリムラは密かに相手のかっこいい名乗りに憧れた。自分も勇者になったらいつかあんな名乗りを用意したいと決意する。


「決闘受けてくれたお礼に、先手は譲るよ! さぁ、舞い踊るよ! 銀恋桃花兎丸淑雅ぎんこいももはなうさぎまるよしまさ想葬恋華絹淑そうそうれんげきぬよし!」


 シルルと名乗ったウサ耳変種の柔牙族がすらりと抜いて見せた二本の刀は、いずれもが桜色に染まった綺麗な刀身を持っていた。


 同時に抜いた二本の刀。そのご大層な銘のどちらがどちらの物なのかプリムラには分からないが、片方は純粋に刀身が桜色であり、もう片方は金属の刀身に透明な刃が構築されて陽射しを反射している。


 その刃を見た瞬間、プリムラは背筋がゾクッとした。


(武器からヤバさが滲んでやがる……!)


 百戦錬磨。数多の敵を斬り捨てて来た武威が刀身から滲む。シンプルに「お前を殺す」と伝えてくる武器を前に、プリムラはその使い手が見た目通りの幼女だなんて考えは早々に捨てた。


「上等! …………起きろハルニレ!」


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