リピル。



 こうして追加で拾った新しい柔牙族の子供は、リピルと名乗った。


 生まれた村では名前すら無かったらしいが、この都市で出会ったヌコが自分で考えて名付けたのだと二人から聞いた。性別はヌコと同じく女性である。


 リピルを連れて獣車に戻る途中、彼女は手当たり次第に威嚇して何もかもを警戒する。ヌコの背中から顔だけ出してフシャーと息を荒らげる。それだけ、虐げられて来たのだろう。


 先天性白皮症せんてんせいはくひしょう、つまりアルビノが生まれる確率は人間の場合およそ二万分の一。二万人に一人の確率で、『両親とは似ても似つかない特徴の子供が生まれる』訳で、文明レベルが低い時代だと下らない迷信によって迫害される傾向が強い先天性の疾患である。


 現代の地球でさえ、未だにアルビノを食べれば寿命が伸びるなんて迷信が信じられ、食人が発生する地域すら残ってる程だ。三百年も化学が発達しなかった世界ならば尚更だろう。


 逆に、凄まじい吉兆として巫女扱いされる場合もあるが、その場合でもマトモな生活など送れないだろう。どちらにせよ、時代が疾患に追い付いて無いので不幸しか生まれない。


 世界に三種居る獣人の内、ルングダム王国と関わりのある獣人は柔牙族だけの為、良く関わるのはある種当然ではあったのだが、このペースで柔牙族ロリを保護して行くとロリハーレムが完成する恐れが出て来たエルムの明日はどっちなのか。


「とりあえず、獣車に戻ったらリピルを洗ってから服を着せて、また飯か?」


「うん、良いんじゃないかな? 食事はカエル以外で頼むよ」


「安心しろよ。カエル肉は本命の村まで出さねぇから」


「…………えっ?」


 つまり本命の村に到着したらカエル肉の料理が出て来る宣言だった。クラヴィスは戦慄する。


 一応、自分達のように利竜などを用意してない者は総じて、村で簡単に調達出来るカエル肉のお世話になるだろう。そのため、カエル肉の一つでも食ってないと学校に戻ってから話題に困るだろうと言う配慮もあるのだ。一応。そう、一応。


 九割方が「そういった善意の配慮を隠れ蓑にして嫌がる貴族にカエルを食べさせたい」気持ちだったエルム。そろそろクラヴィスはパーティを組んだ過去の自分を恨むべきかもしれない。


 ふと、エルムはリピルがヌコに小声で何かを聞いてると気がつく。


 聞いてみると、あれは何これは何とヌコに聞いてる。その色や形など、違和感を感じる程にお互いの認識を擦り合わせてから質問をしている。


「…………あぁ、そうか。弱視なのか」


 エルムは少し考えた。先天性白皮症アルビニズムは要するに生まれながらのメラニン色素欠乏症であり、人間はメラニン色素を生み出せないと様々な弊害、障害が生まれる。


 その一つに、視力の低下がある。


 人の目は光を受け止める器官であり、光を受け止め続ける仕様上どうしてもメラニン色素による保護が必要になる。しかし目が赤く見える程のアルビニズムは、その目を保護するメラニンが極限まで少ないために、眼球の奥にある網膜の血管が見えて赤く見えてしまう。


 要するに光に対する眼球の防御力が低く、眼球が何かしらの疾患を持つ可能性がかなり高い。


 単なる視力の低下だとしても、角膜の衰えによって引き起こされるそれと違い、アルビニズムの弱視はメラニン色素の欠乏によって光の受容体に問題が出てる場合も多く、つまるところ『眼鏡』で視力矯正が出来ない。


(ヤキニクに治せるか……?)


 ヤキニクは治癒術を得意としてるが、しかし人の目がどうなってるかなど説明して理解してもらえるか不明過ぎる。いくらヤキニクでも人体構造や理論を無視して治せるほど、魔法とは万能ではない。


「おいリピル」


「ッ!? な、なんだっ」


「お前、魔法の系統は分かるか?」


「………………知らん、まほ」


 まだ霊法でパスを繋いだままのエルムは、言葉の意味を受け取って目を見開いた。


(系統判定を受けさせないどころか、魔法について教えてすらないのか!?)


 リピルの「知らん、魔法」発言は、「自分の系統なんて知らない」と言う意味じゃない。「まほーってなんだ? それは美味しいのか?」と言う意味だ。


 判定は誰でも受けれる。だが魔法を学ぶなんてまず無理な立場に居る人間は、判定なんて最初から受けない者もゼロじゃない。


 だが「魔法その物を知らない」となれば話は別だ。農村の出身だって魔法の存在くらい知ってる。自分自身が使えずとも、仮に大怪我でもしたら頼るのは治癒院や教会の霊法使いなのだから。


 霊法使いに金を払えば怪我が治る。それはこの世界の常識であり、知らないという事はまずない。


(本当に、『人』として扱ってなかったんだな)


 魔法とは誰にでも許される成り上がりの一歩だ。最初から自分は無理だと諦める者も多いが、もしかしたら才能があるかもと手を出してみる者も少なくない。


 仮に、系統判定で刃法か霊法のどちらかが出れば、その時点で農民を卒業出来ると言っても過言じゃ無い。特に刃法が出れば、有力貴族が養子にしようと迎えに来る事も現実的な確率で実例がある。


「……よし、取り敢えず系統判定から始めるか。ヌコは自分の系統分かるか?」


「んと、…………りんほー」


(燐法か。ドルトロイが居れば高確率で魔力の知覚に成功するんだが……)


 ドルトロイ式のプラシーボ知覚法だが、当然エルムも試して見た。頭の悪そうな冒険者を実験台にして。だが何故か、ドルトロイ程の成功率にはならなかった。


 それが「子供相手じゃなかったから」なのか、単に「エルムのやり方がおかしかったのか」分からない。しかしドルトロイに頼む方が確実なのは間違いなかった。


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