誰を怨む。



 荷物を降ろした後、ヌコの案内の元スラムを進むエルム一行。


 栄えてる都市であるほど貧富の差が生じるのは文明レベル的には仕方の無い事かもしれないが、それでもエルム達の年齢で踏み込むに相応しい場所では無い。


 しかしそんな場所で生きてたのがヌコやその友人である以上、明らかに怯えが入ってるアルテも後に引けないし、引かない。


 一応エルムの方で、面倒事を避け為にハンドサインをザックスに送って指示を出す。自分一人ならば誰に絡まれたとて気にしないが、今のメンツでは面倒の方が勝ると判断した故に。


(ザックスが便利すぎる。一家に一台は欲しいぞザックス)


 泥か、カビか、それとも何かの腐敗臭なのか、不愉快な臭いが鼻をつくスラムをひたひたと歩き、やがて半壊した家屋の前でヌコが止まる。


「ここか?」


「そぅ、です……」


 地球でスラムの定義と言えば屋根、壁、床のどれか一つ以上が無い家屋であり、その視点で言えば間違いなくスラムな建物。


 足を踏み入れるだけで崩壊するんじゃないかと不安になるような場所だが、エルムは気にせず中に踏み入る。


「誰、お前、帰るッ!」


「おっと……」


 一応は気配を読みながら中に入ったエルムに、白い獣が飛び掛った。


「……なんか、俺ってやたら柔牙族と縁があるな?」


 危うげなく回避した白い獣、白髪の柔牙族を空中でキャッチしたエルムは振り返ってヌコに見せる。


「ヌコ、お前のダチってこいつか?」


「離す! 帰る! 誰、なに!」


「…………もしかして、言葉が苦手なのか?」


「黙る! 俺悪い違う!」


 手の中でエルムを睨みながらジタバタする白い柔牙族は、喋る言葉に不自由してるようだった。


「ふーん? 目も赤いし、毛が白いって言うならアルビニズムかな? だったら、住んでた場所で忌み子がどうとかってクソみたいな理由で迫害されてたとかか?」


「ッ……!?」


 エルムの言葉に体をビクッと反応させ、目を見開いた柔牙族の子供。エルムはその様子を見て、少し考えた後に地面へと降ろした。


 そこでやっとヌコの存在に気が付いたらしい柔牙族の子供は、ヌコを背中に守るようにしてエルム達を威嚇する。その守護対象の中にはポチとタマも居た。


「帰る! お前、いっぱい!」


 エルムは少し考えた。「お前いっぱい」で恐らくは「お前ら」と言いたいのだろうかと。かなり言語に不自由してるらしい。


 面倒に思ったエルムは、白髪の柔牙族に霊法を使ってテイム要領で意識を繋ぐ。エルムとヤキニクが交渉した時の魔法である。


 すると、鮮烈な意思と共に薄らと凄惨な過去の記憶もエルムに叩き付けられ、おおよその事情を把握した。


「…………なるほど。お前は、教育らしい教育なんて欠片もされなかったから、のか」


 この白い柔牙族は、アルビノとして生まれた瞬間から両親にすら気味悪がられ、売られ、蔑まされて虐げられ、しかし生まれた時から何も教えられずに育った事で何が正しいのかも分からなくなってる。


「いや、そもそものか。俺やアルテなんか鼻で笑えるくらいに悲惨な人生送ってやがるな」


「だ、黙る! 知らん、お前!」


 黙れ、知ったような事を言うな。エルムが繋げたパスがその感情を伝える。


 愛さなかった母を憎めば良いのか。売った父を恨めば良いのか。蔑んだ他人を怨み、虐げる世界を呪えば良いのか。


「まぁ正義の味方だったら、ここでお前の心を良い感じに救ったりもするんだろうが…………」


 そんなのは、エルムの仕事じゃない。そもそも、趣味でもない。


「ハッキリ言ってやるよ白ガキ。お前は母も、父も、他人も世界も、全てを憎悪して良い」


 むしろ自分も復讐の途上だと。


「我慢する必要はねぇよ、別に。世界がお前に優しくないんだから、お前が世界に優しくある必要は無い。この俺が断言してやる。お前はその悪感情と仲良しのままで良い。俺はそれを否定しない」


「……………………お前、怖い、しない?」


 敵じゃないのか、と今更問われて苦笑いするエルム。喋るのは苦手でも、聞き取りは今日まで生きた人生で少しずつ覚えたのだろう。


「とりあえず、後ろに居る二人は返してくれ。ウチの子なんだ」


「……お前、かぞく?」


「そうそう、家族なんだ」


「…………ぬこも?」


「いや、ヌコは拾っただけ。大通りでバカに蹴られて怪我したから治しただけだ」


「ぬこ、けがっ!?」


 バッと振り返る白い柔牙族は、しかしそこでやっとヌコの服が綺麗になってる事に気が付いた。


「とりあえず、お前も来るか? 飯くらいなら出してやるし、生まれた村に復讐したいっつうなら手伝ってやるぞ?」


 恐らくは柔牙族の里なのだろうが、柔牙族贔屓のエルムでも別に全ての柔牙族に好意的な訳では無い。証拠に、双子の父親はびっくりするくらい凄惨にイジめて玩具にしてた。


「お前、売る?」


「いや、お前なんか売らなくても金には困ってないんだ。ヌコがお前のこと心配してたから拾いに来ただけで、嫌だって言うならこれ以上の干渉もしない。……どうする?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る