チラチラ。



 正直なところ、ごく一般的な都市をただ観光すると言っても、市場を冷やかすくらいしか見どころなどない。


 市場が一番盛り上がる時間は早朝で、だからこそエルム達は旅途中の休日に早起きまでしたのだ。


 要するに、市場を見終わったら早々にやることが無くなる。


「ダーリン、結構買ったね?」


「まぁ、動物性の製品はどうしても買わないとだし」


 幼女三人に囲まれながら買い物をしたエルムは、その買い物を手伝ったポシェットと並んで歩く。その後ろをクラヴィスとアルテが続き、更に後ろを荷物持ちの牛型サーヴァントが歩く。


 エルムが買ったのはゼラチンや燻製肉、あとは絹の反物など色々だ。


 肉はヤキニクの無限テール肉があり、卵も獣車のルーフで飼育してるニワトリから取れるが、それ以外の動物性素材は買わないと手に入らない。もっと言うと、植物性の物だって魔物由来ならば買わないと手に入らない。


 樹法で再現出来る植物は文字通りの植物だけであり、半分は生物でもある魔物は樹法で操る事は出来ても魔法で生み出すことは出来ないのだ。…………


 そもそも、エルムが持ってるであるセフィロトも、植物と生物の境界を曖昧にして魔法による植物系モンスターを生み出せないかと考えた末に完成したのだ。要するに、概念魔法にまで至らないと不可能と言う事。


 概念魔法は今のエルムでは極々狭い範囲で一瞬展開出来れば良いレベルのクソ燃費なので、つまり実質的に無理と言い切って問題無い。


 魔力量が全盛期と同じくらいあったならギリギリ普段使いも出来ただろうが、そこまでして使うなら金を出して素材を買った方が随分と早いし手間も少ない。


「他にも買うの? ダーリンは魔法で荷物持ちまで作っちゃうから、いくらでも買えて楽しいね!」


「…………今更だが、そのダーリンってのはなんだ?」


 ほぼ初対面から言われ続けてる愛称に、エルムはようやくツッコミを入れた。


「未来の旦那様って事で!」


「いやそうじゃねぇ。なんでなんて言い方なんだ? それ、この国の言葉じゃないだろ」


「え、あっ、ダーリンも言葉の意味知ってるんだね?」


 そう、ダーリンである。エルムはこの世界の言葉を脳内で日本語に訳して理解してるが、しかしポシェットの口にする『ダーリン』はこの世界の言葉じゃ無くストレートに和製英語、つまり日本語だった。


「愛しい人とか、そんな意味だろ?」


「…………えっ!?」


「うん! よく知ってるね? 東国の方で最近使われ始めた言葉なのに」


(ぅぅううぁぁあぁぁあぁあぁあ…………)


 そこまで聞いたエルムは、東国とやらに地球からの転生者が居るんだろうと理解した。既に前世からの転生やら転移なんかの問題も抱えているのに、祖母が地球からの転生者だったなんて別枠の問題にも頭を悩ませてる。


 そんな時に追加の転生者情報が急に転がり込んで来たのだから、内心で呻き声をあげてゾンビ化するのも仕方ないだろう。


(めんどくせぇ……。今度、時間を作って東国とやらを見に行かなきゃな)


 ひとまず、優先度の低いタスクとして脳内に取り込んだエルムは一時的に問題を忘れる事にした。悩んでも答えが出ない事は悩むだけ無駄なのだ。


 ダーリンの呼び方がそんな意味だとは知らなかったアルテは焦って驚くが、エルムはそちらも努めて無視をする。


「ところでヌコ」


「──ひゃいっ!?」


「さっきから路地裏の方をチラチラ見てるが、帰りたいのか?」


 ふと、エルムは問題の全てをちゃぶ台返ししながらヌコに聞く。言う通り、先程からヌコは落ち着かない様子で市場から路地裏の方へと視線を送っていた。


「…………ぇと、あのっ」


「勘違いしてるかもしれないが、俺はお前を保護してるだけで捕まえた訳じゃねぇぞ? 帰りてぇなら引き止めないし、お前の所有権を主張するつもりもねぇ。お前は俺の奴隷じゃなくて、あくまで一時的に拾った孤児だ」


 聞かれて慌てるヌコは、エルムのその言葉を聞いてまた驚いたようにエルムを見た。


 冷静に考えて、この勘違いはエルムが悪い。なぜならエルムはヌコの為に相当数の金貨を失ってるのだから、奴隷とまで言わなくても借金だと考えても仕方ないのだ。普通は赤の他人に二桁を越える金貨なんてポンと出さない。出すなら出すでそれは借金とするのが一般的な感覚だ。


 逆に言うとそれはヌコに「金銭的な常識」がある事を意味するが、言葉使いの件で教育がされてる事も今更だ。エルムはそれを意識の端に追い払う。


「孤児仲間でも居るのか? そいつらが俺の言う事を聞くってんなら一緒に保護しても良いし、俺の言う事も聞かねぇ跳ねっ返りだと言うならヌコがソイツらの所に帰るのも止めねぇよ? 何か事情があるならちゃんと相談しろ。少なくともお前の言葉を無視する事だけはしねぇから」


「…………ぇと、……………………いぃん、ですか?」


 それが何に対しての「いいんですか?」だったのかはエルムも分からないが、どれだったとしても大した問題じゃないと頷いた。


「誰か連れて来たいか? どうせ市場も大体見終わったし、スラムを覗くのも一興だろ。ポシェットはまだしも、クラヴィスもアルテも良いとこのガキだしな。本物のスラムを見とくのも課外授業としても悪くないだろうよ」


 エルムがクラヴィスを見ると、神妙な顔で少し考えたクラヴィスも頷いた。身分のある子供が本物のスラムを見学する機会なんて殆ど無い。確かに良い経験になると考えてエルムに賛成した。


 アルテは聞くまでもない。サイコパス花畑が花畑である所以として、ヌコの友達が困ってるならば助けなきゃと脊髄反射で考える。


「んじゃ、とりあえず買ったものを獣車に積み込んでからスラムに乗り込むか。ヌコ、案内頼めるか?」


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