ヌコ。



 色々と必要な事を聞き出したエルムは、そのまま獣車内に備え付けられたキッチンで料理を始めた。


 痩せ過ぎて分からなかったが、子供はどうやら女の子らしく、名前をヌコと名乗った。


 これで猫耳でも生えてたらピッタリの名前だったかもしれないが、生憎とこの世界には猫耳系の獣人は存在しない。


 双子やザックスの種族である柔牙族と、ケモ度80%程が基本でゴリラとライオンを混ぜたような種族である剛羅族。そしてエルフと竜を混ぜたような皇鱗族の三種族しか居ない。


 この事から分かる通り、獣人=可愛いで通るのは柔牙族のみだったりする。


 ヌコは薄汚れた白髪がボサボサと無秩序に伸びた少女で、着ている服もボロきれである。誰がどう見ても完全無欠に孤児だった。


「ただいま」


「おう、おかえり。もうすぐ飯だから」


 調書を取るためにドナドナされていた被害者クラヴィスも一人帰って来て、もう少しで夕食となる時間。


 双子は早く大好きなご主人様おにいちゃんの料理が食べたくて、席に座って足をブラブラさせている。その二人の間には、ヌコがちょこんと座って大人しくしていた。


 対面にはアルテたちが座り、後は料理が出来上がるのを待つばかり。


「ほい、完成。ヌコは見ての通りろくに食べてない暮らしだろうから、いきなり重いもん食わせらんねぇし別メニューだ」


 出来上がった料理を樹法で器用に運ぶエルムは、全てを素早く配膳してから席に座る。


 メニューはヤキニクのフリットとパンがメインで、後はサラダとスープだ。ヌコには豆乳ベースのパン粥が出されており、最大限胃腸に優しいメニューとなっていた。


「ほれ、誰も取らねぇからゆっくり食えよ」


「あ、ありがとうごしゃまふ……」


 甘く仕立ててあるパン粥を、木の匙で恐る恐ると口に運ぶヌコは、一口食べるとびっくりして体が跳ねる。


「お、なんだ? 熱かったか? 軽く冷ましたはずなんだけど……」


「あ、あ、あまいでしゅ……」


「あーそう、味に驚いたのか」


 ヌコから聞いた事情は、正直なところ要領を得なかった。というのも、ヌコが幼かった為に証言がふわふわしていて、当時のことを詳しく聞き出せなかったのだ。


 だから豪商の子なのか、貴族の子なのか、それとも裕福なだけで一般的な家庭だったのか、それすらも分からない。


 ただ一つハッキリしたのは、ヌコが孤児になったきっかけは家族で馬車を利用して移動する最中、賊に襲われたからだと言う。


 ただ不幸だったのか、それとも政敵や商売敵がヌコの両親を謀殺する為に賊に扮した専門職を雇ったのかさえ分からない。


 そんなヌコだが、スラムに落ちてからは甘い物なんてとんと食べる機会がなかったはず。砂糖や蜂蜜は当たり前に高価なので、庶民は殆ど口に出来ないのだ。


 だがエルムは気軽に使う。なぜなら植物セルロース等を樹法で分解するだけで簡単に甘味料が手に入るから。


 砂糖、つまりショ糖はスクロースと呼ばれる物質であり、ブドウ糖グルコース果糖フルクトースが結合した物だ。


 セルロースを分解するとセルロースになり、果物フルーツを分解すればフルクトースが得られる。それを結び付けたら砂糖スクロースだ。


 もっと簡単に、サトウキビやテンサイを分解すればストレートに砂糖が手に入るし、どの方法だろうと樹法の効果範囲内なので問題無いのだ。


 逆に塩が欲しい場合は型法の領分になるので、魔法で作ろうとすれば型法の勉強が必要である。


「好きなだけ食って良いからな。お前の世話を頼もと思ってる孤児院も、俺が面倒見てるから飯に困る事は無い。安心て良いぞ」


 そうエルムが言うも、ヌコは既にはぐはぐと木匙を動かしてパン粥を口に掻き込んでいた。


 おいし、おいしとうわ言のように呟きながら食事する子供を見たアルテ達は息を飲むようにして手を止めた。


 食うに困ることなど一切無かっただろう三人。冷遇されていたアルテでさえ、食事には困らなかった。それは学校に通うアルテが痩せこけて居るとレイブレイドの家名に泥が塗られるからだったが、ともあれ三人とも飢餓とは無縁だった。


 今、バチャバチャと机を汚しながらも必死に食事をする幼い子供を見てアルテたちは現実を知った。そしてドナドナされてエルムを悪魔だと内心で罵ってたクラヴィスも、冷静に考えればこの子を助けたエルムの行動を思い返す。


 飢えた子供の骨が折れるような蹴りを躊躇い無く叩き込んだ冒険者と、手加減しながら報復したエルム。


 その後も子供のために大金を兵士に叩き付け、今こうして食事まで振舞ってる。その負担と比べて、自分がやったのは兵士の調書取りに協力しただけの事。


 ただ字面を並べれば、どうにもエルムの行動は正しきに過ぎる。あんなに酷い態度だったにも関わらず、結果だけ見ればただの聖人ですらある。


「胃腸が回復したら、もうちっとマシな飯を食わせてやるからな。今はそれで我慢しろよ」


 聞いちゃ居ないヌコはパン粥を平らげた後、机にこぼした汁さえも舐めようとするのでエルムはそっと止める。そしてベースから伸ばした枝を器用に操作し、席を立つこと無くお代わりをよそう。


「ほれ、こぼしたのなんか舐めなくても好きなだけお代わりしていいぞ」


 必死に食べるヌコに、自分が食べてる料理を分けてあげようとする双子もやんわりと止めながら、エルムは自分の皿に手をつけ始める。


「さて、一日休みらしいが何をする? お前らなんか用事ある?」


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