意外と強メンタル。



「あ、ありがとぅ、ごじゃました…………」


 都市の留場。そこに停められたエルムの獣車に戻った一行は、ヤキニクの協力も得て子供の治療を行った。


 栄養状態が悪い孤児はそれでもフラフラとしてるが、しかし怪我はしっかりと治っている。ヤキニクが使う霊法の練度は意外とバカに出来ないレベルに達している。


 しりすぼみな小声でお礼を言う子供の顔には、怪我が治った喜びなど無く。ともすれば、あのまま死んだ方が楽だったかもしれないと言う現実に対する絶望すら見えた。


「ふむ。なぁちびっ子、お前の親は?」


「…………ぃま、せん」


 取りあえずと見れば常識的な質問を行うエルムを見やるアルテとポシェット。クラヴィスは未だに調書取りから帰ってない。


「そうか。で、その居ない親ってのはいつから居ない? 物心着く前からスラム暮らしって事は無いだろ。捨てられたか? それとも死んだのか?」


「ちょっとエルムくん!?」


 あまりにもあんまりな質問を続けるエルムに、アルテが止めに入る。しかしそんなアルテを嫌そうな顔で見たエルムは早々に罵る。


「黙ってろサイコパス花畑」


 泣きそうな顔になるアルテ。サイコパスと言う言葉の意味は分からないが、人に対して花畑と呼ぶのは侮辱の言葉だって事くらいは冷遇されてた癖に箱入りのアルテにも分かった。


 エルムとて本気でアルテがサイコパスだなんて思ってないが、しかし箱入りの善意が時としてサイコパスよりも惨い振る舞いになる事を知っていた。それゆえの暴言である。


「あのなぁ、花畑のお前は分かんねぇかも知れないが、今確かめとかなきゃいけねぇんだよボケ。俺だって年端もいかないガキに親が死んだのか、もしくは捨てられたのかなんて質問が酷なのは分かってんよ」


 これでもエルムだって元日本人である。行き過ぎな程に道徳にもとる行いが糾弾される国の出身だ。


 だがこの世界で戦いに明け暮れた経験もあるエルムは、優先順位を間違える事もしない。


「分かんねぇかな」


「ダーリン、もしかしてだけど、その子の言葉使い?」


 ふと発言したポシェットに、エルムは意外そうな顔をする。アルテはなんの事か分からないっといった様子だが、エルムの表情を見るに正解なのだろう。


「よく分かったな?」


「あはっ、これでも商家の娘だもん」


 それを聞いてエルムは納得した。魔法学校の生徒は基本的に貴族だが、高い学費さえ払えるなら平民だって入学出来る。


 そも、魔法学校の学費が高額なのは理由がある。勿論、魔法使いの格式や権威を守るためなんて理由もあるのだが、もっとストレートに魔法が武力に直結する力だから高額な学費で足切りをする。


 単純に、貧民より富裕層の方が余裕がある。余裕が無い民に武力を持たせた場合、軽々と魔法が犯罪に使われる事実は無視出来ない。


 魔法と言う力を民へと無秩序に与えた場合に発生する問題と、魔法使いが国に増える利益を鑑みた結果が、高額な学費なのだ。、


 つまりポシェットは、その足切りラインを越えられる程には金を持った商家の生まれなのだろう。


「あの、言葉使いが理由って言うのは……?」


「えーとね、お貴族様には分からないかもしれないんだけど、平民って基本的に『ありがとう』とか、『居ま』とか、そんな敬語なんて使えないんだよ」


「その通り。ましてや俺達よりも歳下に見える子供がだぞ? コイツは、花を売ってる時さえ『買ってください』と口にしてたんだ。普段から敬語に慣れ親しんでたと見る方が自然だろ」


 言葉使いとは教養である。そして教養とは教育によって得られる物だ。それを子供のうちからしっかりと使えるのは、つまり子供にも教養を与えられる程には裕福な家である証拠だ。


 そしてそれは、簡単に骨が折れる程に痩せこけて弱った孤児には当てはまらない。


「でも、言葉が丁寧なのは良いことですよね……?」


 まだ理解しないアルテの様子に、エルムは深い溜め息をこぼす。


 まだ十二歳と見れば普通かもしれないが、だがアルテはレイブレイド侯爵家に連なる者だ。商家の娘にも理解出来てる現状、貴族であるアルテが理解出来ないのは情けないとしか思えないエルムだった。


「あのさぁ、子供に言葉使いを教育出来る程の家と関わりがあって、なんの理由も無く孤児なんてやってると思うか? 貴族の隠し子だとか豪商のお家騒動とか、何かしらの問題を抱えてるかも知れないだろうが」


「勿論、普通に不幸な身の上って可能性もなくはないけど。でもダーリンが言ってるのは、身分に問題があった時に関係者に絡まれたりするかも知れないから、早いうちに確認しておこうってことでしょう?」


「お家騒動からこぼれ落ちた身の上とかだったら、生きてるのを知られた場合に刺客とか来るかも知れないだろ。これからもスラムで暮らしてくなら別に良いけど、保護して王都の孤児院にでも入れてやろうと思ったらその辺の確認は必要だろうが」


 仮に子供の親が貴族のお家騒動で謀殺された当主等だった場合、利権を得た分家なり関係者が正当後継者を消しに来る可能性もある。


 勿論、ポシェットが言うようにただ教育が行き届いた家に不幸があっただけなんて理由も有り得るので、杞憂の可能性だって大いにある。


「そも、お前のせいでこんな会話を本人の目の前で語ったが、これの方がよっぽど酷いぞ? もし本当に怪しい身の上だったら『お前これから刺客に狙われるかもな』って言ってんだから」


「そ、そんなっ、私そんなつもりじゃ……」


「ほーら出たよ、『そんなつもりじゃ無かった』さん。善意なら無条件で人を癒すとか思ってんじゃねぇぞ。だからお前はサイコパス花畑だってんだよボケが」


 想い人に罵られて、アルテの心はボロボロだ。しかしこれだけ言われても好意が折れないのは、もしかしたら強メンタルなのかもしれない。普通ならば百年の恋も冷めるだろう。


「さて、放置して悪かった。改めて、色々聞かせてくれるか?」


 ショックに項垂れるアルテを後目しりめに、エルムは子供への質問を再開した。


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