やっぱりエルムだった。



「あ? 今さら公僕が何の用だボケ消えろカス」


 遅かった、と嘆く一行をよそに、エルムはなんと兵士にも絡み始めた。


「はぁ、暴行の現行犯だ。詰所まで来てもらうぞボウズ達。抵抗はするなよ?」


「あぁそうかい。じゃぁさっさと暴行犯を連れてけよ、ほれ」


 エルムをしょっぴこうとする兵士を前に、エルムはボコボコにした冒険者を差し出した。明らかに会話が噛み合ってない


「…………は? いや、暴行をしてたのはお前だろう?」


「はぁ? 後から来てなんも見てなかった奴が何言ってんだテメェ。マジで仕事出来ないにも程があるだろ。…………おいタマ! その子の怪我はどうだ!?」


 困惑する兵士に呆れた顔を見せながら、振り返ってタマを呼ぶエルム。


「ん、骨、だめ」


「骨折は流石に治せねぇよな。…………おいクソ兵士、まさか子供の骨を蹴り折って大怪我させるような暴行犯が無実で、骨折どころか打撲しか与えてない俺の方を捕まえようなんて言わねぇよな? なぁ? なぁ?」


 骨が折れてボロボロにされてる子供をこれみよがしに見せながら、兵士に詰め寄るエルム。


 そこで、クラヴィスは気が付いた。


(…………あ! ブチ切れてる様に見えたけど、霊法使ってなかった!)


 そう、エルムはブチ切れながら暴行を加えてると思いきや、意外と冷静で霊法は使ってなかったのだ。つまり手加減して攻撃していた。


 仮にエルムが霊法を使って男を攻撃していたならば、たとえ系統が合ってなくとも魔法の使えない一般冒険者など殴り殺すくらいは簡単だったはずなのだ。


 しかしエルムは手加減をした。ボコボコにしつつも、骨を折られた孤児よりも軽傷で済むように。


「…………あ、いやっ、その」


「あ? なんだよ、まさか孤児は守るべき民じゃないとか言わねぇよなぁ? お前ら兵士が守れなかった誰かの子供かもしれねぇのによぉ?」


 実際、納税してないだろう孤児を兵士が守る必要など無い。無いが、しかし衆人環視の元でそんな発言は出来ない。なにより、エルムが先に「守れなかった誰かの子供かも」とまで口にしたのに、その場で切り捨てる発言は大分マズイ。


 もう夕方とは言え、まだ日の入りまで時間がある。一通りも少なくない。むしろ今から酒を飲みに出掛ける人間も増えてくるだろう絶妙な時間だ。


 見られてる。この騒ぎは多くの人に見られてる。


「なに黙ってんだよ。あれか? 納税が問題なのか? こんな暮らしてそうなガキからも搾り取らなきゃ暴行犯すら見逃すなんざ随分とご立派な兵士だな? そんなに金が欲しいなら俺が払ってやろうか」


 そう言ったエルムは懐から十二枚ほどの金貨を取り出して兵士の足元に投げた。


「おら、拾えよ。そのガキはどう見ても十二歳以上には見えねぇし、十二年分の人頭税を考えたら余裕で足りるだろ。…………おら何してんだ大事な税金だろうが這いつくばって拾えよ公僕ぅ〜!」


 360度どこから見ても完全無欠に嫌な奴ムーヴをするエルム。最近は誰も煽ってなかったのでコレはコレで生き生きしてる。


「ほらコレでガキも納税者だなぁ? 納税者のガキが骨を折られてんだけどぉ〜? お偉いお兵士様はどの様なご対応をして頂けるんですかぁ〜? これどっちが悪いんですかねぇ〜?」


 誰が、何が悪いかと言えば取り敢えずエルムの態度が悪いのだが、形式だけ見ると「孤児の人頭税を十数年分肩代わりし、尚且つ暴漢からも身を呈して守った少年」なのだ。


 もし仮にエルムをしょっぴいて調書を取ったら、そんな少年を捕まえたと文章に残るのだ。誰が捕まえたのかも残るのだ。それを見た兵士の上役は何を思うか?


 取り敢えず最悪の流れである。


「あぁ、うむ、そちらの言い分は分かった。だが調書は取る必要があるので、一度詰所に────」


「えっ!? まさか骨が折れてる子供の治療は後回しなのッッ!?」 


 最悪の流れは変わらないし、エルムが変えさせてくれない。


「それともなに、お兵士様がこの子の治療費を肩代わりしてくれるんですかぁ!? バッチリ折れてるから高位の霊法使いに頼むか中位以上のポーションが必要なんですけどぉ!? 金貨何枚掛かりますかねぇ!?」


 それは完治させる場合の話であって、痛み止めを処方して添え木を当て、適切な処置の後に入院でもすればそこまで高額にはならない。


「ごめんなぁ、ちびっ子。すぐにでも治療してやりたいけど、兵士さんがダメだって言うんだ。俺達が寝泊まりしてる所に霊法が得意な奴が居るから、そこまで連れてってやれれば良いんだけど────」


「ああ分かった! 分かったから!」


 そして兵士が折れた。


「しかし、その子を運ぶのも数人居れば足りるだろう? 最低でも一人は詰所に来てもらわなくちゃ困る!」


「あっそ。じゃぁクラヴィス、あとよろしくな」


「──────えっ!?」


 まさかの飛び火である。


「…………? え、料理以外の雑事、全部やってくれるんだよねぇ?」


「あ、えっ、は…………?」


 数分後、クラヴィスはエルムと組んだ事を早々に後悔し始めていた。


 ◇


 エルムの代わりに連行されるクラヴィスを眺めて、エルムがポツリと呟いた。


「ふーん、このくらいの無茶なら通るんだな。有意義な実験だったわ」


「……………………」


 聞いていたポシェットはドン引きした。


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