再びの課外授業。



 チーム決めが終わり、いくつか日を跨いだ今日。二回目の課外授業が始まった。


 正確には、蛙狩りに参加するグループの課外授業が始まった。と言うのも、目的地ごとに出発する日が違うのだ。


 蛙狩りの参加者が学校の敷地内にある馬車乗り場付近に集まり、用意した馬車に乗って待っている早朝。


 引率役の教室数人と護衛役の冒険者が二十人ほど。護衛が多いのはキャラバンが大きいからである。大規模化したキャラバンは大きさに比例して必要な護衛人数が跳ね上がる。


「お、大剣の奴もちゃんと居るな」


 ポチを膝に乗せて馭者ぎょうしゃ台に乗ってるエルムは、ゾロゾロと集まった冒険者の中にガラスの大剣を持つ男を見付けた。未だに名前は知らない。


 向こうもエルムに気が付いたらしく、ヒラヒラと手を振ってから最後の打ち合わせを教師としている。


「今回は最初から引率してくれるんですね」


「同じことをしても授業とは言えないだろうさ。前回は自分で旅を計画出来るかを確認する授業で、今回は別の何かを確認するんじゃねぇか?」


 背後の小窓から顔を出すクラヴィスに返事をしたエルム。すぐに出発の合図があって、エルムはスイカズラを操作して車を曳かせた。


 冒険者はそれぞれ、馬車に乗らず近くを走って追い掛けてくる形で護衛を始める。


(まぁ、言うて馬車なんて大して速度出ないしな。この程度は生身で追従出来なきゃ冒険者じゃないって事か)


 人が歩く速度は平均して時速3キロから5キロほど。荷を詰んだ馬車の速度は積荷次第でもあるが、大体6キロから8キロ程だと言われてる。ぶっちゃけるとそんなに大きな差などない。


 ちょっと早歩きすれば徒歩でも並走は可能で、その速度を維持出来るから馬車に乗らなくてもキャラバンの傍でしっかり護衛が出来る。逆にその程度の体力さえ無いならば、護衛依頼を受けられるような実力じゃないとも言えるのだろう。


「…………ん?」


 ふと、エルムは視線を感じて顔を上げる。


 目線の先には馭者台のひさしにくっ付いてる小さなクモだ。種類で言うとハエトリグモじゃなくゴケグモだと思われた。


「ほぉ、やるじゃん。……ポチ、ちょっとタマに場所変われ」


「ん!」


 うんうんと意味ありげに頷いたポチは、言われるがままに小窓が着いた扉を開いて車の中に入り、そして代わりにタマが出て来た。


「にぃちゃ、なぁに」


「ほら、見てみろよタマ。あのクモ」


 エルムが指差す先に居る黒くて小さなゴケグモ。言われた通りにそれを観察しながら、タマはエルムの膝の上にすぽっと収まるように座った。


「…………あれ、なぁに?」


「流石にまだ分からんか。アレ、霊法で使役してる虫だぞ。俺達の様子をどっかから見てる奴がいる」


「ッ!?」


 エルムが答えを教えた瞬間、タマはバッと顔を上げてもう一度クモを見る。そしてクモもバッと飛び去ってどこかに消えた。


「………………て、てき?」


「いや、多分違うな。毒持ってるっぽいゴケグモを寄越したのは敵対行動と言えなくもないが、純粋な感じっぽかったぞ。推測だが、護衛役の冒険者が生徒の監視でもしてるんじゃないか?」


 ◇


「な、なんなのあの子……!?」


 魔法学校の課外授業。それは毎年何回かある美味しい依頼。


 王立の学園から出される依頼である為にそもそもが高い信用度を求められる依頼ではあるが、一度受けてしまえば大したトラブルも無くごく普通の大型キャラバンの護衛だけして、相場の数倍に匹敵する報酬と功績が貰える極旨の依頼。


 そんなボーナスゲームに参加する座席を一つ勝ち取った魔法使いが一人、キャラバンの後方を歩きながら戦慄していた。


 名前はキュリーナ。性はなく、虫の魔女なんて異名で呼ばれる事もある腕利きの魔法使いだった。冒険者ランクで言うと四ツ星のベテランだ。


 まだ二十代後半と言う若さで四ツ星の冒険者へと至ったキュリーナは自他ともに認める才女であるが、しかしその自信もたった今ぐらついている。


「私の魔法を、あんなチラッと見ただけで看破出来るものなの? いくら魔法学校の生徒だとは言っても…………」


 別に、キュリーナが何か悪さをしようと生徒を見てた訳じゃない。いや、良いか悪いかで言えば悪い事なのだが、何かを企んで誰かを貶めようとはしていない。


 ただ平民の魔法使いが抱える共通の悩みとして、マトモな魔法教育と言う物を受けてないのだ。だから魔法学校で教育を受けてる子供たちの言動は、ただの雑談であっても平民の魔法使いにとっては値千金の情報が転がってたりする。


 だからキュリーナは毎年この依頼を勝ち取り、それを盗み聞きする為に虫を使って情報を集めるのだ。


 今日まで誰にも気付かれた事が無いのに、あの黒髪少年には一目でバレた。その事実がジワジワとキュリーナを苛む。


「やっぱり、正規の教育を受けた人間と私じゃ、格が違うとでも言うの?」


 それは不幸なすれ違いだった。ただ単に覗き見したエルム・プランターが化け物過ぎるだけで、虫を完全に使役して遠隔での感覚共有まで行えるキュリーナは間違いなく腕利きの魔法使いである。その術式の精密さはエルムすら感心した程。


「…………ふん、今に見てなさいよ。このキュリーナ様がもっと偉大な魔法使いになって、ふんぞり返ってる貴族達を見返してやるんだから」


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