消えたビーフシチュー。



「俺のビーフシチューが、秒で消えた……」


 結局、エルムの部屋に全員は入り切れないという事で食堂を利用するはめになった一行。


 部屋に用意してあった物と、あとは簡単な材料と調理器具を持ち込んでの試食会が始まったのだが、運が悪いことにエルムが本日仕込んでいた食事はビーフシチューだった。


「うめ……うめ……」


「何このスープうっっっっっっま」


「え、もう無いの? え、なんでないの?」


 ヤキニクの尻尾では無く、ちゃんと牛肉を仕入れてコンソメ作りから始めたビーフシチューは、あっという間に無くなってしまった。


 本当なら、エルムは持ち込んだ別の材料で簡単な物を作って振る舞い、その間に自分たちは本命のビーフシチューを楽しむつもりだったのだ。


 しかし味見程度で提供したビーフシチューによってモンスター化したクラスメイトが止まらず、結果としてこのようになった。


「……………………お前らマジで覚えてろよ」


「あ、これやばいやつだ」


 真顔でボソボソと呟くエルムに、正気を取り戻したクラスメイト達が戦慄する。現代日本ならばコンソメも顆粒で使えるから簡単だが、そんなモノ存在しない異世界でコンソメから作るビーフシチューなんて相当な手間暇が掛かったご馳走なのだ。


 いくらエルムと言えど時間の操作なんて出来ない以上、その時間を費やさないと作れないものと言うのは原価以上の価値がある。


「にぃちゃ、あーん……」


「ん」


 そんなマジギレ寸前のエルムに、カセットコンロのような道具で野菜炒めを作ったタマがエルムの口に箸を伸ばす。パクッと食べたエルムの怒りは鎮まった。


 何故かうんうんと頷いて満足そうなポチ。料理にはノータッチである。


「おい、し?」


「ん、良いぞ。スパイスの使い方が上手くなったな」


 ただの野菜炒めだったが、エルムが用意した各種スパイスを配合して軽く振り掛けてあったのでその美味さは格別だった。アウトドア用のミックススパイスのように、何にかけても取り敢えず美味しく出来る用途を目指して配合したらしい。


「良い仕事だぞ、タマ」


「…………えへへ」


 照れ照れするタマの頭を撫でるエルムと、やはりうんうんと頷くポチ。ポチは一切何もしていない。


「良かった、プランターが鎮まった……」


「危なかったぜ」


「怒りが消えた訳じゃねぇからな? 後で覚えとけよマジで」


「ひぃっ」


 しっかり釘を指したエルムは、今度こそ自分達の食事を作り始めた。


 その間、エルムの料理を体感した人間同士で熾烈な争いが始まった。エルムを獲得して課外授業を楽しく過ごす為の戦争である。


「提案がある」


「聞こうか」


「僕達は魔法学校の生徒だろう? ならば魔法で決着を付けるべきだ」


「待ち給え。班決めで決闘騒ぎはご法度だと学校側から通達があったのを知らないのか?」


「決闘じゃなければ良いのだろう?」


 そんな熱い茶番を経て、理論が三回転宙返りの末に何故か「魔法によるイカサマありのくじ引き大会」などと言う方法に落ち着いた。


「………………えへへ、勝っちゃった」


「ぐっ、まさか樹法にはそんな使い方がっ!?」


 そしてまさかの、アルテミシアが権利を一つ勝ち取っていた。樹法によってクジを偽造したのだ。


 エルムの授業を真面目に聞いていたアルテだからこそ出来た方法である。


 ちなみに他の者たちは燐法で相手のクジを燃やしたり、泓法で相手のクジをぐしゃぐしゃにしたり、とにかく悲惨な結果だけが残った。当たりくじを用意出来たのはたった三人。


 妨害なんてしなければ十人程は組めたはずなのだが、自業自得であり因果応報だった。


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