魔法武器。



 情報過多。頭がパンクする寸前だったエルムは一度街から出て森に入った。


 もう俺には何も分からーんと元下半身だった樹木を秒間十回程の連射力で十分も蹴り続けて発散したエルムは、王都に帰って来るなり冒険者ギルドに立ち寄った。雑多で粗雑な空気を感じないと何かが壊れそうだったのだ。


「んぉ? なんか活気があんな」


 コンスタントに顔を出しては居るエルムだが、冒険者ギルドは基本的にダンジョン日帰りの冒険者や短期攻略の冒険者で賑わうのが常である。


 彼らはダンジョンで得た物を換金する為にギルドへ寄り、そして酒場で酒を煽ってから帰るのだ。そこには毎日のルーチンが存在するが、活気と言うには今一歩足りない空気感だった。


 しかし今日、不気味な顔っぽい節目が見える樹木を蹴りまくった帰りに寄ったギルドはなにやら何時もより活気づいていた。


「お、ベルンじゃん」


「おおエルムじゃねぇか! 久しぶりだな!」


 誰かに事情を聞こうと思ったエルムが辺りを見回すと、パーティで酒を飲んでる知り合いを見つけて声をかけた。いつか魔法を教えた冒険者である。


 料理と酒が乗った四人がけの丸テーブルを陣取っている四人はベルン、ジェイド、マッペル、ルミオラ。エルムは珍しく名前を覚えていた。


「なぁ、これなんの騒ぎだ? いつもよりうるせぇよな?」


「ああ、遠征組が帰ってきたんだよ。有名どころがギルドに居るから皆ちょっと熱くなってんのさ」


 遠征組とは、かなり長期的な計画を立ててダンジョンに潜る冒険者の通称で、半年や一年なんてザラに潜り続けるダンジョン最前線の強者たちだ。


 ベルンたちも数日や数週間くらいはダンジョンに滞在するが、その程度の期間では短期攻略に分類される。そもそも下層を目指さずそこそこの場所で効率を優先するので遠征組とは言えない。


「ほぇー、ちなみにどいつ?」


「ほら、あっちのテーブルで飲んでる奴らだ。透明なでっけぇ剣を持ってるのが頭な」


「………………ほう、見事な魔法武器じゃん」


 ベルンが指さす方を見たエルムは感心した。そのリーダーだと言う男の椅子に立てかけられた大剣がその実力を物語っていたからだ。


 魔法武器。それは魔法によって生み出した武器の事であり、エルムで言えばハルニレがそれに当たる。


 なんの効果も持たないただの武器も魔法で作ってさえいれば広義的には魔法武器だが、一般的にはハルニレのように魔法効果が込められた物を指すのが通例だ。


 件のリーダーが使うであろう大剣は、その剣身がガラスで出来ていて透明だった。ただ眺めるだけでも美しい武器である。


「ってことは型法使いか。武器に乗ってる術式の安定性も高いし、あんな手練も王都には居るんだなぁ」


「おお、エルムがそう言うならそうなんだろうな。やっぱ遠征組は違ぇなぁ」


 ガラス。言わずと知れたシリカ系素材であり、石英などから生み出される身近な鉱物だ。


 武器として使うには些かならず脆い印象を受けるが、実際のところ硬さだけで言えばガラスは鉄に匹敵する。ただ柔軟性が致命的だから割れやすいだけである。


 それを魔法で補ってやれるならば、充分に武器として通用するだけの硬さを持っているのだ。


 ベルンから「まぁ座れよ」と席を勧められ、四人がけのテーブルに五人目として割り込みつつもガラスの剣を眺めてるエルム。


 その熱心な視線が届いたのだろうか、剣の持ち主がふと視線を彷徨わせてからエルムの方を見た。そして一度視線を切ってからギョッとして二度見。


 だが彼の視線はエルムではなく、エルムの腰にあるハルニレへと向けられていた。


(ほぉ、この距離からハルニレに気付くんだ?)


 再び感心してるエルムをよそに、視線の主はおもむろに席を立つと真っ直ぐエルム達の元へと歩いて来た。


 彼のパーティがそんな彼をなんだなんだと見守るなか、二人の魔法使いが邂逅した。


「やぁ少年。見事な武器だね」


「そっちこそ。俺が王都で見た中じゃ間違いなく一番の業物だぜ」


 お互いに「まぁ俺の武器を除いてだけど」と思ってるので、二人は少し似た者同士かもしれない。


「見ても良いかい?」


「良いけど、そっちも見せてくれよ。置いて来るなんて酷いじゃねぇか」


「あぁすまない、そりゃそうだよな」


 お互いに相手の剣が気になり過ぎて、まだ名乗ってすら居ないことには気付いてない。


 一度仲間の居るテーブルまで戻った男は、ガラスの剣を手にまた戻ってくる。その際に仲間から何かを聞かれて二、三言返してから戻り、エルムと武器の交換をする。


「…………ふむ。見た目は木刀だけど、合った系統の魔力に反応して刃が出るのか。ここは俺のと変わらんか」


「いや、術式の構成がちょっと違うな。俺のは単に刃を薄くして対応してるが、あんたのはコレあれだろ。刃が出てる状態と出てない状態をそれぞれ独立して記録して切り替えてるだろ?」


「あ、ホントだね。なるほど、こんな組み方があるのか…………」


「腕に自信がねぇ奴ぁあんたの方がしっくり来るだろうが、制御に自信があるならこっちの方が即応性上がるぞ? まぁ若干だけどな」


「その若干の即応性で拾える命もあるからなぁ……」


 名乗りもしてない二人は、あっという間に旧知の友が如く魔法談義を始めてしまう。お互いのパーティはぽかんとした顔である。


「これさ、隠匿式ブラックボックスが随分な厚みだけど、どんな式を入れてるんだい?」


「そこ晒したら隠匿式の意味無くね?」


「いやまぁそうなんだけど……」


「まぁ教えても良いんだけど、あんたのも見せてくれよ。大体読めたけど、実際に見てぇなコレ」


「……………………えっ、読めたのかい!? その隠匿式は結構自信あったんだけど!?」


 隠匿式。魔法武器に込めた術式を隠す技術の事であり、見ただけである程度の式を読み取れる相手と戦う時に武器の特性を隠すための措置である。


 これを施さないと相対した敵に「あ、あの剣は炎の斬撃飛ばせるんだな。気を付けよう」などと手の内がバレて対応される可能性が増えるので、魔法武器を使う魔法使いはどんなに未熟な使い手でも気を付ける部分だ。


 もちろん隠匿出来るレベルは術者の腕によるので、未熟な魔法使いが施した隠匿式ならば見ただけで看破できる場合もある。逆に腕の良い魔法使いが施した隠匿式ならば、手に持ってしっかりと精査しても分からない事もある。つまり今の状況だ。


「いや、凄いね。俺より腕の良い魔法使いとか始めて見たよ……」


「あんたも結構なもんだぜ。俺はあんた程の使い手を見たのはこれで二人目だな」


(もちろん前世を除いて)


 ちなみに、エルムが言う一人目の使い手はザックスである。


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