アレの行方。



「……………………転移完了」


 生まれ変わる時代はプリムラに合わせる。生まれ落ちる場所はダンジョンがある国の周辺で完全に無作為。


 その二つだけは如何ともし難いが、その他の事なら大抵は無茶が効いた魔王の転生術。


「……ふふ、んふふふふふ。待っててくれよプリムラぁ」


 自分の場合は、十二歳までに極ゆっくりと記憶を取り戻すように設定していた為に、今やっと自分がブイズ・ブレイヴフィールだと思い出せた所である。


「あぁ! そうさ、僕は剣の勇者ブイズ・ブレイヴフィールの生まれ変わり、レイズ・ブレイバー!」


 プリムラが言っていた。ブレイバーとは、異界の言葉で勇者を意味するそうだ。だから僕は今からブレイバーを名乗る。


 目覚めたベッドの上から起き上がり、粗末な部屋に立てかけられた姿見を見る。


 ふむ、間違いなく僕だ。転生ではなく転移を選んだから、この体は間違いなくブイズ・ブレイヴフィールの物。輝かしい金髪に整った顔面。これこそまさに勇者であろう。


 元々の体を分解して再構築するトンデモ術式によって生まれ変わったので、顔は完全に幼き日の僕である。


「ふむふむ、やっぱり僕はカッコイイな。どうしてあの子達はこの顔に惚れず、全員がプリムラに惚れたのだろうか? 流石に解せないんだけども」


 容姿に自信があっただけに、少し不満に思う事はある。


 だけどそれだけだ。プリムラはそんな些細な事で憎く思える程に浅い人間じゃない。


 誰もよりも強かった。そして誰よりも気高かった。


 いつしか僕が掲げる人生の目標は、魔王討伐よりも打倒プリムラと思える程に鮮烈だった。


 だから、僕は魔王の口車に乗った。


 魂がボロボロになっていくのはリリィエンドから聞いていた。魔王討伐を終えたあと、きっとプリムラは長く生きられないとも。


 僕たちは全員、プリムラに言った。僕達にも戦わせろと。背負わせろと。


 だがプリムラは拒否した。「魔王倒した後も勇者が必要かも知れねぇだろ。消費が一人で済むならその方が良い」と。


 許すわけ無いだろ! 君が死んだら僕は誰に勝てば良いんだ!? 誰に憧れ、誰の背を追いかければ良いんだ!?


 許せなかった。僕をここまで魅了しておいてサクッと死のうとしてるプリムラが許せなかった。


 僕が君に勝つまで、君が死ぬ事を僕は許さない。


「さて、記憶の整理と行こうか」


 そして、生まれ変わりが成功した今、あとは鍛えて鍛えて鍛え抜いた後に、プリムラを探して挑むだけだ。


「ふむ、あれから三百年か。…………時代はプリムラの転生に合わせてるから、よっぽどボロボロだったんだな。魂の修復に三百年も掛かるなんて」


 時代は変わったけど、ダンジョンのお陰で戦争が減って国の存続が楽になった。そのせいか、今も当時と変わらない名前で栄える国が多いらしい。


「ここは聖王国か。リリィエンドの祖国に生まれるとは」


 そして自分は子爵家の四男らしい。前世では長男だったので新鮮な気持ちだ。


 持ってる系統は前世からの引き継ぎで刃法、生まれ変わりで燐法と泓法の二系統ダブルを引いて現在三系統持ちトリプルだ。なかなか幸先が良いと言える。


「うーん? 聖王国で刃法持ちなら、相当に重宝されるはずだけども……」


 最後に自分の扱いを見る。子爵家に生まれたのに自室が物置みたいな場所である。どうやら子爵家四男とは名ばかりで、妾の子だから冷遇されてるようだ。


 むしろ、妾の子に刃法なんて生えたから余計に疎まれてるらしい。しかも三系統持ちトリプルだし、何よりブイズとしての決定的な記憶は最後に取り戻したがゆっくりとは思い出し続けていたのだ。だから色々と子供らしくない僕は、ある種不気味にも見えたのだろう。


「ふむふむふむ。良くやったぞ僕、この冷遇された環境で良くぞ鍛錬を怠らなかった」


 プリムラから聞いたことがある。人は幼少期の数年が一番物覚えが良く、その時期の事をゴールデンエイジと呼ぶらしい。


 そんな大切な時期もしっかり鍛錬していたのは素晴らしい。プリムラに勝つ為に時間を無駄に出来ないから。


 満足気にうんうんと頷いてると、不意に部屋の扉が乱暴にゴンゴンと叩かれる。


「おいレイズ! 居るんだろう!」


 その声はこの家の長男であり、何やら苛立たしげにしていた。妾腹しょうふくの僕は兄弟から苛められてるらしい。それも生まれ変わり中の僕が全然へこたれないから、どんどんと苛烈になっていくイジメの最中のようだ。


「ふむ、殺めても気にならない人材が居るのは得難いな。やはり対人戦は人を相手に練習しなければ」


 今日も僕を『稽古』の名のもとにイジメ抜くために来たらしい長男の声にほくそ笑み、僕は部屋の片隅に置いてあった一本の木刀を手にする。


 伝説の名剣、ハルニレだ。


 僕はどうやら、生まれ変わり中も特定が容易だったらしい。魔王の配下である魔族の生まれ変わり達が僕の元にコレを持って来てくれたのだろう。


 まだ記憶を思い出しきって無い時の僕は「こんな木刀なんて!」と部屋の隅に投げてしまったが、とんでもない事だ。魔王を討った伝説の武器なのだから。


 プリムラによってあらゆる樹木系の魔族と魔物が詰め込まれた呪物であり、最高峰の武器である。この剣が僕の元にあると知ったらプリムラは激怒するかも知れないが、僕の使ってた聖剣はプリムラに渡すように魔王へ言ってあるから大丈夫だろう。


「ふふふ、使ってみたかったんだよね! はぁ、やっぱり良い剣だ……!」


「おいレイズ! 出て来ないと今日は酷いからなぁ!」


 ハルニレを見てうっとりしてると、耳障りな声に陶酔を邪魔された。全く、なんて無粋な奴だ。面倒だからサクッと殺してしまうか?


 触り程度しか樹法を扱えない僕でも、ハルニレはしっかりと応えてくれる。やはり良い剣だ。正直あの聖剣よりずっとしっくりくる。


 そもそも、僕と聖剣は相性が良く無かったのだ。斬ることに特化してる刃法使いに『超良く斬れる名剣』とか凄い要らない。

 

 いや聖剣も良い剣だったけども、カレーの上にカレーを掛けてもそれは大盛りでしか無いのだ。


 カレーにはライスかナンを合わせて欲しい。出来ればカツを乗せてくれても良い。無ければ最低でもパンが良い。カレーにカレーを掛けても仕方ないのだ。僕は美食を好むけど、それほど大食いでは無いのだから。


 ああ、思い出したら食べたくなってきた。プリムラの手料理は本当に美味しかったな。


 彼に打ち勝ったら、彼のカツカレーで祝杯と行こうか。きっと勝利の味がするに違いない。


 何が言いたいか。つまり刃法に『良く斬れる剣』はあまり意味が無いのだ。刃法を極めたら斬れ無いものなんて無いのだから。


「おいレイズ! 開けろってんだよォ!」


「…………うるっせぇなダボが! 雑魚がぴぃぴぃ泣いてんじゃねぇよ!」


 さっきから人の想い出に割り込みやがって、ぶっ殺してやる。


 さぁ、憧れのハルニレで試し斬りだ。


 ああプリムラ、待っててくれ。すぐに鍛え上げて君の元に赴くから。


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