とある村の中で。



 狂おしい程に、好きな人が居た。


 その人は輝かしい魔法を持って、魔を滅し続けた。


 何よりも尊いのは、滅する魔をすら慈しんだ事だろうか。


 ──へいへいどうしたんだい魔族ちゃんよぉ!


 ──ヘバるのが早いんじゃねぇの!? 幼子だってもうちょっと頑張るぜぇ!


 ──ほらほら、だからよぉ!


 ──お前の全部のろい、ぶつけて来いやぁぁあああッッ!


 六勇者、とはなんだろうか。自分にとっては彼こそが勇者であり、我々五人は総じて彼の従者だった。


 百を救う為に一を犠牲に。世の中に溢れた美談の生贄に、彼は喜んで自分を差し出すような人間だった。


 だからこそ恋をした。そして、だからこそ苦しかった。


 魔族の呪いを一身に受け続け、削れ、疲弊し、変質していく魂を見続けるのは一種の拷問ですらある。


「…………ハム、ここに居たの」


「リア、今の名前はルルニアですよ」


「…………ハムだって私をリアって呼んでる」


「だってアナタはリリアでしょう? 今世だってリアじゃない」


 逞しい大樹の根元で空を見上げていると、横から声を掛けられた。


 彼女は風の勇者ルスリア・ウィングハートの者であるリリア。


 今世も前世と変わらずに小さく愛らしい柔牙族であるのは当然で、彼女は転生ではなく転移を選んだのだ。


「むぅ、名前じゃなくてお姉ちゃんと呼ぶべき」


「……………………死んでもごめんですわ」


 そして今世の私、ひじりの勇者であり聖女でもあったハムナプリア・リリィエンドは、今世ではルルニアの名を授かっただ。


 愛する人があまりにも柔牙族贔屓だった為に、私は今世で柔牙族である事を望んだ。


 その結果、まさか恋敵と双子の姉妹になるとは思ってなかったが。いったいどんな確率だと言うのか。


 まぁ、期せずして愛しい人の好みであった姿が手に入ったのだから良しとしよう。


 この恋の争奪戦だって、本当ならばリアが両想いで試合終了ゲームセットだったはずなのだ。一歩を踏み出せなかった怖がりを差し置いて、リアと双子に生まれてこれたこの容姿であの人を射止めようと思う。


「それで、なんの用です?」


「魔王から連絡があった」


「ッッ……!」


 思わず、大樹の根元に降ろした腰を浮かせてしまう。


 魔王。前世で私達が手を取った敵の親玉であり、愛する人を一時的にとは言え裏切ってしまった元凶。


 しかし、その選択を後悔する事は無い。なぜなら先に裏切ったのは愛する人だったのだから。


 約束したのだ。魔王を討った後は平和な世の中で、皆で笑って暮らそうと。


 なのに、自らの魂を削り続けて死に向かう彼はその笑って暮らす『皆』の中に自らを入れてなかったのだ。


 なんと言う酷い裏切りだろうか。ちょっと背中から刺されるくらいはお相子である。


「魔王はなんと?」


「プリくんの今世がやっと判明した。ルングダムに居るらしいよ」


「あら、前世と同じ国に生まれ落ちたのですね」


「ん。ブイズのはまだ終わってないし、まだバレる訳には行かないんだけど…………」


「────会いたい、ですわよねぇ」


 姉であるリアは自らの肉体をそのまま分解して新しく生まれ直すという方式を取っていて、その肉体は若返っただけでルスリア・ウィングハートの物である。


 同時に、五人の中で転生ではなく転移を選んだ者がブイズ・ブレイヴフィールとアトゥン・オフトゥンの二人だ。私ともう一人、グローレイズ・パパロッツの二人だけが転生を選んだ。


 何故なら、プリムラ・フラワーロードが柔牙族贔屓だから。人間じゃ勝ち目が無いから。


「アトゥンとローラも既に生まれてるはずなのですが……」


「アトゥンは分かる。あれは転生しても生まれ変わっても好き勝手生きて勝手に魔法に没頭する」


「ですが、ローラはいずこに……」


 同じ人を愛した我々の中でも、私と同じように転生を選んだローラ。


 柔牙族として生まれ変わってるはずなのだが、転生した魔族達が用意したネットワークに引っ掛からない。いったいどこに生まれ落ちたと言うのか。


 ダンジョンの中で今も術式を管理して最後に生まれ変わりを果たす予定の魔王は所在が確定してるが、他の生まれ変わり達は場所の指定までは出来なかったのだ。


 術式を管理してる魔王の精神体によると、アトゥンもローラも生まれ変わりは終わってると言う。アトゥンは引きこもって魔法研究でもしてるはずなので所在が不明でも納得出来るが、目立ちたがり屋のローラまで分からないのは腑に落ちない。


「まぁ、ローラの事ですし無事だと思いますが」


「ん。伊達に勇者じゃない」


 最強の勇者だったプリムラと比べれば我々は全員が一歩及ばない実力だったが、それでも勇者は勇者である。魔導師へと至った到達点であり、魔力量が伴わなくてもその技術だけで他を圧倒できる。


「ハム。そろそろ準備も良い」


「確かに、そろそろ良いでしょうね。このまま村に居てもずるずるとお見合いの話ばかりですし。あとハムと呼ばないでくださいまし」


 私とリアは柔牙族の村で生まれ育ち、今年で十五歳。


 見目麗しく魔法の腕もある姉妹は村でも話題のである。このままでは知らぬ間に結婚などさせられそうで、二人で早いところ村を出る算段をしているのだ。


「ところで、彼は今世でなんと?」


「えーと、エルム・プランターだってさ。今は十二歳」


「と、歳下…………!」


「うん。良いよね、歳下のプリくん。…………じゅるり」


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