思惑の合致。
「そも、おかしいとは思わないか? 確かに我ら魔族は────」
────コンコンッ。
筋違い、なんて事を言われて一瞬殺気立ったエルムにミュルミールが意気揚々とネタばらしをしようとした瞬間、扉をノックする音が聞こえた。
余りにも昔馴染みな存在との会話で忘れていたのだが、エルムは置いといてもミュルミールは第二王女である。そう長々と喋っていられるほど暇では無いのだ。
「ふむ。ネタばらしは次回にするか」
「おいおい、そりゃないだろ。そんな思わせ振りな言葉吐いといてよぉ」
惜しむエルムに取り合わず、ミュルミールは一人扉の方へと歩いていく。遮るのは簡単だが、その場面を誰かに見られたら面倒な事この上ない。
「ふふふ、最後に一つだけヒントをやろう。貴様はきっと裏切りと感じたのだろうが、『裏切り』と『嫌がらせ』は違うものだぞ」
「はぁ?」
「もう一つ言えば、貴様の最期と今の不評は無関係だ。魔女プリムラを貶めたのは六勇者では無く、勇者教なのさ。これはヒントじゃなく訂正、かな」
「…………アイツらじゃ、ない?」
エルムは困惑と共に、自らの脳を加速させた。
(アイツらじゃ無い? でも俺を裏切って殺したのはブイズだ。そして樹法の冷遇もアイツが発端だと伝わってるが、違うのか? …………もし違う場合、他の四人はどうしたんだ? ブイズが完全に裏切ってたとしても、悪評がアイツらの仕業じゃないって言うなら四人は裏切ってない? でも四人居たなら悪評だって止められ────)
思考の坩堝に落ちようとする瞬間、一つだけ可能性が過ぎる。
(──もしかして、五人が没した後に歴史が書き換えられた? もしそうなら、ブイズ以外の四人が裏切って無いとしても悪評は止められない)
「ま、せいぜい悩むと良い。それがお前に課された想いだよ」
「…………好き放題言いやがってぇ」
まだ聞きたいことも山積みで時間が足りないが、部屋をノックした人物を放置する訳にも行かなかったエルムは渋々引き下がった。
「遅いですよお姉様!」
そうしてグダグダとやってやっと開いた扉の先には、また煌びやかな金髪がサラサラと流れる美少年が居た。
「あら、わたくしとエルム様の逢瀬を邪魔したのはファルクでしたの?」
「なんだ、ファル坊か」
扉の先にいたのはファルライト・ルングダム。ルングダム王家の第四王子であり、ミュルミールの弟に当たる。年齢は今年で七歳。
身分にふさわしい煌びやかな服を身に付けたその
「もう! お姉様がエル兄さんを独り占めするから、僕と遊べる時間が無くなっちゃうじゃないか!」
「そんな事言っても、ファルクはもうずっとエルム様と遊んでいたのでしょう? わたくしは今日やっとお会い出来たのですよ。譲ってくれてもいいじゃありませんか」
ミュルミールは淑女然とした立ち振る舞いで弟に応え、その声は先程と比べて3オクターブは上がっていた。その温度差にエルムは風邪をひきそうになってる。
「エル兄さんも酷いよ! 次来る時は僕のところに来てくれるって言ってたのに!」
「悪いなファル坊。俺から遊びに来たらその通りなんだが、今日はお前の父ちゃんに呼ばれて来たんだよ。ほら、中庭でなにやら騒ぎがあったんだろ?」
「騒ぎ、ですか? …………あぁ、変な色の炎がどうとか言うあれですか?」
エルムはついでにと軽くカマをかけたが、当のファルクは特に反応を示さなかった。例の件がイタズラだったとしても、犯人がファルクだと言う線はなさそうだと納得する。
「全く、炎に色が付くわけないのに、変な噂ですよねぇ」
「いや、炎に色を付けること自体は簡単なんだぞ? その事で俺が呼ばれてたんだし。ほれ、銅の炎色反応だ」
「うぇぇえええ!? なんですかこれぇぇええ!」
◆
今世の弟とじゃれ合うエルムを眺めながら、ミュルミールは思う。
(魔族と人は相容れない。だからこそ、我々を人として転生させる大型術式を魔王様がご用意されたのだ)
魔族の持つ魔力には人間の様な系統が無い。だがあえて系統の型に嵌めるとしたら、それこそ呪法とでも呼ぶべき魔力である。
呪いとは想いに力を与える奇跡の一種であり、生まれながらにして呪いを宿す魔族は人間に取って害しかない。
例えば「こいつうぜぇな、死なねぇかな」と魔族が少し思っただけで、思われた人間に影響を及ぼす。防ぐには相応の魔力を身に宿して技術を修めるしかない。
それこそ、勇者達ですら戦闘に於いてある程度の許容をしてやっと、という影響力である。多少の影響力を織り込み済みで動くべき戦闘ですらそうなのだから、日常生活など不可能である。
(我が今、こうして可愛い弟を眺めて居られるのも魔王様のお陰)
だから魔王は魔族にセカンドライフを用意した。いずれ討たれる自分と共に黄泉へと渡る魔族達に、人間へと生まれ変わることで問題無く生きていけるセカンドライフを。
(六勇者の五人は、それに乗った)
呪いとは、相対するだけでも心が削れ、魂が摩耗する。
そんな敵とずっと一人で戦い続けたプリムラ・フラワーロードの魂はどうだっただろうか?
魔王は別に、人類と敵対せずに済むならそれで良かった。だから転生術式を用意したし、勇者が乗ってくれたなら是非もなかった。
勇者達は焦っていた。過保護なバカが一人でずっと身を削る姿をずっと見せられ、緩く深い絶望の中に居た。
魔王討伐の後、全てが終わった後にプリムラ・フラワーロードはきっとマトモな生活など送れない。それだけの犠牲を払いながら戦ってる。
だから、その魂をどうにか出来るなら、プリムラの想いを裏切って魔王と手を組むのも吝かじゃ無かった。
(エルム。三百年も時間が掛かったのは、お前がそれだけ無茶をしたからさ。それだけ仲間に心配をかけたツケなのさ)
魔王は勇魔大戦で勝つ気など無かった。最初から転生するつもりで負け続けていた。
だが、呪いとは想いの強さが力になる。ただ何事もなく殺されるだけでは成立しない。
(悪いなエルム。まだ術式も半ばで、全てを晒してやる事は出来ん)
真の意味で敵対などしていなかったプリムラこそ、エルムにこそ真実を隠す必要がある現状。
(…………ま、盛大にぶち殺してくれた礼だ。せいぜい悩むと良い。その姿を拝める時間を役得としておくさ)
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