ミュルミール。
ミュルミール・ルングダム。
ルングダム王国現王の娘であり、継承権四位の第二王女。
愛称はミューで、特に親しい相手にだけそう呼ばせている。
年齢はエルムとそう変わらず、親譲りの金髪がまっすぐ伸びて動く度に揺れている。
立てば芍薬座れば牡丹と言うが、その例えがここまでしっくりくる人物も珍しいだろう。
「会いたかったぞ、プリムラ」
「………………面倒なやり取りは止めとこうか。お前、中身は誰だ?」
そんな相手との顔合わせが叶ったのは、ひとえにエルムの信用度がやけに高かったからだろう。
最初は「お会いしとうございました」とそれっぽい挨拶を交わしたのだが、人払いをしたらコレである。
王女と一般人の男を同じ部屋に二人きり。本来なら有り得ない事だが、しかし王がエルムを気に入りまくってるので「間違いがあったらむしろ良い」とのことで、密談自体は容易く成立した。
そうして始まれば、ミュルミールはエルムをプリムラと呼ぶ。もはやそれだけで一つの答えですらある。
「悪いが、お前が望む五人の内の誰かじゃないぞ。貴様は覚えているか? 湖で討った魔族の名を」
「……………………え、もしかしてバニヤか?」
翠激のバニヤと呼ばれた魔族が居た。魔族は人間のような系統は持たず、どちらかと言えば呪術系の魔法を得意とする中で、水の魔法を好んで重用していた少数派の魔族だった。
魔王軍との戦争、歴史書では勇魔大戦と伝えられるソレでもかなり後半の出来事で、エルムも比較的すぐに思い出せた。
「ふ、覚えているのだな? あんな殺し方をした相手の事を」
ミュルミールは人差し指を一本立て、そこに水の玉を生み出した。
魔族に系統は無いが、それでも水魔法で戦ったバニヤとエルムの相性は控えめに言って最悪と言えた。
バニヤの得意な戦法は大波で相手を飲み込み、そして水圧で相手をグシャッと潰す。シンプルなだけに対処も難しく、戦場が湖だった事もあってバニヤは当時、楽勝かつ必勝を確信していた。
だが蓋を開けて見れば大敗、と言うより惨敗とすら言える有様だった。
夥しい植物が突然そこら中に生え散らかり、湖の水を残らず吸い上げて巨大な森となって全てがバニヤに牙を剥く。
六人も居る中でたった一人の勇者に、文字通り手も足も出なかった。
「お前にとっては、我など取るに足らない雑兵だっただろう?」
「いやそんな事ねぇよ」
しかし、エルムの目線からだと答えは違う。
「お前が好きに動くと被害がヤバいから、初めから全力で一気に叩いただけの事さ。流石アイツの手下でも傍を許されてるだけはあるなって感心したくらいだぜ?」
津波で相手を飲み込む。そのシンプルな暴力を好きに振る舞われた場合、パーティメンバーがどのような被害を受けるか分からなかった。だからエルムは速攻を選んだのである。
六勇者の五人もそう弱いわけじゃないのだが、これは当時のプリムラが単純に過保護な面もあった。
「ふ、そうか。最強の勇者にそう言って貰えたなら、我も捨てたもんじゃ無かったのだな」
何やら満足そうに頷くミュルミールを見て、エルムは何点か質問をした。
何故、魔族まで転生してるのか? 魔王のクローンたる魔族はそもそも転生出来たのか?
当たり前の様に構えているが、転生についてはあの時点で織り込み済みだったのか? だとしたら、それはいつから?
望む五人の誰かでは無い、と言うことはその五人も転生しているのか?
「ふむ。まず魔族が転生してる件から答えようか。我らの肉体は魔王様の魂を分割して作った物であり、魔王様の亡き後は維持すら出来ない。だが我らの魂までが魔王様由来という訳じゃないのだよ」
「…………つまり? 肉体は魔王に紐づいてるから一緒に滅んだが、魂だけ利用する転生ならば出来たと」
「そう言う事だな。あとは転生が計画的だったか否かは肯定。五人も転移してるか否かも肯定だ」
サラッと伝えられた事実に、エルムは知らずのうちに拳を硬く握りしめていた。
「……転生、してんのか。あいつら」
エルムは裏切られた事を、なるべく気にしない様にはしていた。軽くブレイヴフィール家に対して嫌がらせはしたが、一族郎党皆殺しなんて事はしてない。
それはひとえに、裏切った本人じゃなかったからである。
だが本人が居たなら? この三百年後の世界に裏切った面々が居るとしたら?
当然、復讐が頭を過ぎる。
そんなハイライトの消えた瞳で何かを思うエルムに対し、ミュルミールは鼻で笑うように声を出した。
「明らかに復讐を考えてるだろう顔をしてるとこ悪いが、筋違いだぞ」
「…………………………あ?」
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