異色の火。
ノルドは結局、その日の内に風太刀を習得するに至らなかった。
「僕の方が、扇法は得意なのに……」
珍しく不貞腐れてるノルドに対し、エルムはカラカラと笑って流してる。
「誰だって最初はそうだろうよ。俺だって最初から概念魔法まで使えた訳じゃねぇぜ?」
慰めだろうか。ノルドは珍しい事もあるもんだと思って少し機嫌が直った。実に失礼である。
そして寮に帰り、食堂で待っていた双子と合流して四人で、いや六人で食事の時間。
「いや
「いやいやいや、優先順位は弟より天使だろう?」
しれっと当然の顔をして席に座る二人、エルムに弟子入りしたハルニースとビンズである。
「お前、そろそろ突っ込むが家はどうすんだよ。当主は俺が呪ったから、お前がちゃんとしねぇとブレイヴフィールがマジで滅ぶぞ」
「まぁ、うん。良いんじゃない? 天使の使う系統を貶めるような家なんてどうでもいいよ」
(こいつ…………)
あまりにも振り切れてるビンズを見て、エルムは軽く戦慄した。イジメ過ぎて頭がハッピーになってしまった勇者の末裔に、望んだ結末とは違う形になった事を心の中でブイズに詫びた。
(すまねぇブイズ、俺もまさかお前の子孫がこんな壊れ方するとは……)
流石にこれをこれ以上イジメても面白くないエルムは、代わりに遠くの席でこちらを睨んでるビンズの弟に変顔を向けて煽った。
手の平を広げて両手の親指をコメカミに当て、舌をピロピロさせて白目を剥いたのだ。
効果は覿面でブチ切れた弟くんは席を立ってエルムに向かおうとするが、同席してるサンズーガンが羽交い締めにして止めていた。
サンズーガン・テルテルス。例の課外授業でエルムに噛み付いた生徒であり、その後も森から生きて帰ってエルム達へ泣き付いた時に死ぬほど煽られてトラウマだった。
今の彼はエルムに視線を向けられるだけで恐ろしいのだ。
「…………あんまり弟をいじめないでくれよ」
「お前がイジメ甲斐ねぇのが悪ぃんだよ!」
割りと真面目に切れるエルム。好きな時に煽りたくてオモチャにしたのに、オモチャである事を受け入れた男などエルムは望んでなかった。
「ところで師匠」
「ん?」
「呪いの火はご存知かしら?」
急な話題転換だったが、エルムは特に気にせず乗った。
「なんだって? 呪いの火?」
「最近、王城で噂になってるのですが……」
ハルニースは親が城で働いており、その話は親から聞いたらしい。
なんでも、城と中庭でボヤ騒ぎがあったらしいのだが、その火が青だか緑だか、とにかく普通の色ではなかった事から呪いの火だと噂が立ってるのだとハルニースは言った。
王城でボヤ騒ぎがある時点で結構な大事だが、問題はそこじゃない。呪いとは魔法とまた違った系統の術であり、仮に件の炎が本当に呪いだった場合は王族の身に危険が及ぶ可能性がある。
だが、呪術だろうと魔力は使うので反応を辿れば呪いかどうかは判別可能なのに、ボヤ騒ぎがあった場所をいくら探しても魔力反応はないのだと言う。
お陰で捜査は難航していて、事件の調査に関わるハルニースの親も参ってるのだと、ハルニースは語る。
「異色の火が燃えるなんて、何かしらの儀式でもしていたんじゃないかと思うのですが…………」
ハルニースはエルムに、「何かご存知ではありませんか?」と困った顔で聞いた。
エルムは魔法以外も見識が深く、何より魔力の知識に関しては宮廷魔法使いですら及ばない域だ。
膨張法なる訓練方法は目に見えて魔力が増えていく画期的な方法であったし、その点からハルニースはエルムに聞けば多少のヒントは得られると考え、ダメ元で聞いてみたのだ。
「…………いや、それ、炎色反応じゃね?」
そんなハルニースの思いが通じたのか分からないが、エルムはその現象に心当たりがあった。
「えんしょ、く……?」
「ああ。…………要は、こう言う火だろ?」
エルムはなんでも無いように、燐法で指先に小さな炎を作る。それから反対の手で型法を使って、ほんの少しだけ銅を生み出す。
ゼロから生命を生むことは不可能なので、霊法と樹法は魔法を使う対象や触媒やが無いと何も出来ない。
だが型法や泓法は非生物なので魔力を相応に消費すれば一時的に物質を召喚することも可能だった。
エルムが銅の粉末を指先の炎にふりかけると、その炎が反応を起こして色が変わる現象が起きる。
「…………えっ、なにそれ」
「だから、これが炎色反応なんだってば」
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