風太刀。
「まず、ノルドは紙を風だけで破るとこから始めようか。お手本はいくらでも見せてやるから」
風太刀に限らず、風系切断魔法の原理はこうだ。
切断したい対象に向かって風Aと風Bを吹き付ける。その時、風Aと風Bは真反対の方向に動かす。
要するに対象に使って風Aが右に吹くなら風Bは左に吹く。
なんの工夫もなくそうすると、ただ両脇から風が吹いてくるだけである。
だがしかし、風Aと風Bの接触面を限り無く直線に出来ると話しが変わる。
ものすごく簡単に説明するなら、正回転と逆回転のベルトコンベアを肌に押し付けるような形になる。
その回転面が極々近く、接触ギリギリまで近付けてコントロールするのが風太刀のベース理論となる。
「もちろん、コレも成功させたとてただの風である事には代わりない」
だが瞬間的に、相応の風圧を一瞬で生み出して実行すると、逆方向に発生した摩擦による圧力が作用したAとBの接触面が、ピッと裂ける。
「これも、完璧に成立させたって薄皮が切れる程度の魔法でしかない」
だから、風太刀はその逆回転ベルトコンベア風圧を何枚も何枚も重ねる。薄皮一枚を斬り裂いた風から更に吹き込み、内部を斬る。
ミルフィーユのように、クロワッサンのように、風の刃は何百何千もの風を重ねた刃によって薄く表面を裂き続ける。
「これが風太刀の理論な。リアから理論を聞いてる魔法ってそんなに多くないから、これくらいしか教えられないけど」
エルムはダンジョンの中でゴブリン相手に手本を見せつつ、樹法で紙を生み出してノルドに渡す。
まずは風だけでその紙を破く。ただ破くだけじゃなく、風Aと風Bを使って摩擦で引っ張って破くのだ。
それを続け、段々と精度を上げていくのが基礎練習となる。
「……なぁエルム、本当にそれで斬れるのかい? 伝承には、岩も斬ったと書いてあったけど」
「ああ、岩とか斬るのも基礎は同じだぞ。要は風系の切断魔法は風を刃物として見てないんだよ」
どちらかと言えば鋼材用の裁断機である。
鋼材を裁断する機材はギロチンのような作りをしているが、あれは1センチ以上の厚さを持った鉄板もザックリと切れる。
だが綺麗で鋭利な断面とは裏腹に、ギロチンの動作は鉄板をキッチリと切断するまでは動いてない。上から数ミリも押せば圧力でキッチリと
「要はあれだ、作用する部分がキッチリと隙間が無ければ圧力に切断力が宿るんだよ」
流石に岩を切断するのにそよ風では意味が無いので相応の爆風は必要になるが、風Aと風Bで対象を挟んで潰してしまえば結果として物は切れる。
大事なのはハサミのように刃Aと刃Bが閉じる部分の隙間が無いこと。
ハサミは刃が鋭角なので力がなくてもスパッと切れるが、別に刃物じゃ無くても角度が90度の物体AとBを隙間なく閉じ合わせれば圧力は切断力になる。
「まぁ、つまり結果として斬れてれば良いんだよ。風太刀なんて名前を付けても、実際は風の
「…………えと、つまり? 風を真四角で動かせれば良いってこと?」
「そうそう、そういう考えで良い」
実際は風も流動してるだけの気体であるから、真四角にするなんて無茶である。もし簡単に出来るなら、それだけ風に加工性が伴ってるなら、最初から風を尖らせて飛ばせば良いのだ。
だが、それを実現するから魔法なのである。
「想像が難しい……!」
「そうだなぁ。例えばだが…………」
まずエルムは足元の岩を型法で抽出して大きめのサイコロを二つ作った。
それからサイコロを一つ地面に置き、その上からはみ出すように紙を置き、そしてサイコロAの角と手に持ったサイコロBの角が擦れるように『サイコロBをサイコロAの隣に置く』。
すると、サイコロAの上に置かれてはみ出てた紙はAとBの角でジョキンと切断される。
次に、エルムはキッチリと横に並んだサイコロの上に紙を一枚置き、AとBにそのまま接着する。
「最初にやったのが岩の切断理論だ。んで、これが肉を裂く時の理論」
エルムがAとBのサイコロを接触させたままスライドさせると、上で貼り付けられてた紙がビッと切れる。
「この紙が肌で、サイコロが風な。んで、これだと薄皮しか切れないから、ほんの少し切れた場所でまた同じ事を一瞬でやって、その次もまた同じ事をして、…………って作業を一瞬でやると風太刀だ」
「………………なるほど?」
ノルドは魔法学校の中でも扇法の扱いはトップレベル。だから懇切丁寧にやり方を聞けば、その時点である程度の再現が出来た。
「…………くぅ、難しいっ」
ノルドが実験台の一般通過ゴブリンくんに切断魔法を使うと、ゴブリンの尖った耳の付け根が少しだけピッと切れた。
「あんぎゃぁぁぁああああっ!?」
地味に痛かったのだろう一般通過ゴブリンくんが、何かをしたっぽいノルドに向かって駆け出し、そしてスポーンと首が飛ぶ。エルムの援護だ。
「純扇法による切断魔法の何が強いかって言うと、それは見えない事だ」
ただ斬りたいだけなら、それこそ刃法を混ぜれば良いだけである。すぐにでも鋭利な刃になるし、ノルドも実際に課外授業で襲って来た柔牙族を相手に風の刃を展開していた。
学校で習う他の風系斬撃魔法も、大体が混ぜ物である。一番ポピュラーな物は砂を混ぜた風の超高速回転によって削り切る風の刃。
だがそれらは、見えるのだ。刃法は魔力を具現化してしまうし、砂を混ぜたら混ぜた分だけ可視性が上がる。
だが完全に扇法だけで切断魔法が使えるなら、それはとてつもない力になる。
ノルドは必死だ。必死に一般通過ゴブリンくんに魔法を使う。
その魔法は風で耳を摘んで引きちぎるような拙い魔法だが、それこそが正解なのだと他ならないエルムが言った。
ノルドは知ってる。エルムは魔法にだけは絶対に嘘をつかない。
「………………僕もっ、いや、僕だってッッ」
ノルドは、必死だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます