風の魔法。
風の勇者ルスリアがどんな勇者だったのか、その質問に的確な答えを返すならやはり「可愛かった」が正しいと思うエルム。
ただコレはネタでもなんでもなく、本人の気質がそう評するのが一番しっくりくるからだった。
「ん、なに? つまり個性とか性格じゃなくて魔法が聞きたかったん?」
「そりゃそうだよ」
要するにノルドは「勇者はどんな魔法を使ったのか」と聞けば良かったのだ。
仮に先の質問へと答えるのがエルム以外の誰かだったとしても、六勇者の誰でも「可愛かった」と答えただろう。
「リアの魔法かぁ……」
エルムとて仲間の魔法くらいは知ってる。理論も聞き及んでる分なら理解もしてる。
ただ六勇者の殆どが魔法を感覚で使う天才肌だった事もあり、伝え聞いてる術式が少ないので、エルムも教えられる事が少ない。
「有名なのは、風太刀か?」
「カゼタチ! 勇者ルスリアが魔族を斬り捨てた魔法だね!?」
後世に伝わるルスリアの魔法で一番有名なのは風の斬撃だった。
勇者と言うだけあって、物語や文献に残された逸話も少なくない。その中で最も登場する魔法が風太刀である。
「ノルドって風の刃は使えるん?」
「いや、僕って言うか誰も使えないと思うけど……」
結局、風っていうのは風でしかない。それを操る魔法といっても火力が出しにくい。
ジャパニーズカルチャーでは風魔法と言えばカマイタチ、なんてイメージが存在するが、普通に考えれば風を飛ばしただけで物を切断出来る訳が無いのだ。
現在の魔法使いは、風の斬撃を扇法に刃法を混ぜて実現するのがベターになってる。
「えぇ、授業でも聞かねぇなって思ったけどやっぱ失伝してんのか」
だが昔の魔法使いなら、上澄みの一部に限られたが「風で物を斬る」事も出来たのだ。
「もしかして、エルムは出来るの……?」
「一応」
「…………僕の方が、扇法は得意なのにっ!」
◇
そんなこんな、エルムはショックを受けるノルドを連れてダンジョンへと移動をした。
エルムの中で段々と、魔法の試し撃ちはダンジョンでと決まりつつある。
「えーっとな、そもそも風だけで物を斬るってのは理論から組み立てないと無理なんだが」
「詳しく」
「まぁ教えるけどさぁ」
事、魔法になるとエルムが相手でもグイグイ行くノルドだった。
「風太刀を初め、風の斬撃を実現するには『物が切断される』って現象について深く知る必要があるんだ」
エルムはダンジョンの一層で、ノルドに個人レッスンを開始する。
「切断現象。それは物凄く簡単に言うと、圧力と摩擦によって引き起こされる」
エルムは現れたゴブリンに向かって扇法を放ち、その首を簡単に落としてみせる。
「刃物は基本的に圧力と摩擦を利用して物を切ってる。それは逆に言うと圧力も摩擦も利用出来ないなら刃物は刃物足りえない」
切断とは物質の結合を分断する事であり、物質同士の繋がりを効率的に引き剥がせばそれは切断になる。
ナイフは刃の鋭角が高い圧力を持って物質を『押し切れる』し、金属が持つ摩擦によって『引き切る』事も叶う。
仮に摩擦係数がゼロになったナイフがあったとして、それは押し切る事は可能だろうが引き切る事は出来なくなる。
逆に腕力がなく圧力を加えられないなら押し切れないが、手を引けば摩擦で切る事が出来る。
ハサミなら、両側からの圧力を加えつつ、滑らない摩擦が必要だ。力が無ければハサミが閉じずに切れないし、摩擦が無ければハサミの刃から物が滑っていくだろう。パイプか何かをハサミで切ろうとして根元から刃先に向かって押し出してしまうイメージなら分かるだろうか。
とにかく、切断とは圧力と摩擦のお陰で成立する現象であり、その二つが揃うならどんな状況でも切断は叶う。
「つまり、圧力と摩擦を適切に利用出来るなら風だって物を切れるんだよ」
そう言ったエルムは、また現れたゴブリンの首をスパスパと切って行く。
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