ドン引きノルド。



「とまぁ、要するに比喩でもなんでもなく『死ぬほど痛い』んだよ。耐え抜いたら許してやらなくも無かったけど、まさか数日で自害するとはなぁ」


 楽しそうに語るエルムに、ドン引きしてるノルドが居た。


 何に引いてるかと言えば、エルムの残虐性は当たり前として、触るだけでそんな症状になる毒草なんて存在その物にもドン引きしている。


 場所はエルムの部屋で、突然なんの準備もなくエアライドの当主になってしまったから相談に来ただけのノルドは、その顛末を今聞かされてるのだ。


「それは、霊法で治療とか出来ないの?」


「毒が体内に入って反応を起こすタイプのだったら出来ただろうな。でもギンピ・ギンピは毒針が体の中に残ってしまうから、魔法で直しても毒針はそのままだから魔法が終わったらまたすぐ痛むんだよ。正しい対処法を取らないとどうしようも無いな」


 この世界でなら、皮膚ごとナイフで削いだ後に霊法で治す事が可能である。ただそれも、剥いだ皮膚を綺麗に治せる程の腕を持つ霊法使いが居て初めて可能となる。


 それも、今回はエルムによってほぼ全身が被毒した夫人二人では「一旦全身の皮を剥いでから治す」なんて方法しか無く、要するにどっちにしろ死刑宣告だ。


 地球でも世界最悪の毒草とすら呼ばれるギンピ・ギンピ。その痛みはなんの比喩でも無く自ら死を選ぶ人が居る程のものであり、文字通りに『死ぬほど痛い』のだ。


「ま、それはそれとして当主就任おめでとさん」


「軽く言うなよ……」


「実際、重くは無いだろうよ」


 エルムは事を軽く考えている。それも実際その通りであり、ノルドが胃を痛めてるのは杞憂きゆうですらある。


「流石に領地経営をガキにまるっと投げるほど、この国も終わってないだろうよ。まずは国王が息のかかった代官でも派遣してくれんだろ」


「そうかな……? 陛下が僕みたいな若輩に気を使ってくれるとは……」


「ばーか、お前じゃなくて領地に気を使うんだよ。この国は中央集権化に成功してんだから、逆に言うと国の全土が国王の支持に影響するとも言える。お前個人を助けるんじゃなくて、不安定になった国土を守ろうとするだけの話だっての」


「…………なるほど」


 中央集権化、とは凄く簡単に、乱暴に言うと軍事やその他諸々の権力が中央、つまり王権に集約されてる状態の事を意味する。


 本来ならば辺境伯や公爵などに軍を動かす権利があり、国王ですら簡単に軍を動かせたりしない場合だってあるのだが、中央集権とはその手の大きな権力が発生する役職などが中央に集まってる状態なのだ。


 軍事が一番分かりやすいが、他にも造幣だったり塩の権利だったり、大きな発言力が伴う権利は国によって違うものだがその手の物が王家の手中にあることを中央集権化と言う。


 対義語として地方分権があり、それぞれにメリットもデメリットも存在するが、王政に関して言えば王家が腐って無い限りは中央集権化した方が面倒が少ないと言える。


 何故なら、例えば王家が戦争反対派だったとして、中央集権化に成功してれば王家の意向がそのまま通る形で国が動ける。要するに派閥の争いで不必要なトラブルで戦争が勃発するなんて事も無い。


 逆に地方分権のまま、各領地が各々に軍を持つような状態であれば、好戦的な派閥が力を増すと王家が戦争を嫌がっても発言力のある派閥がそのまま戦争を起こせたりする。


 そんな状況では、逆に王家が戦争をしたい時にも各領地から兵を募る為の根回しなども必要になり、情勢が不安定になってから実際に動けるまで凄まじいタイムラグが生まれる。


 地方分権の利点としては、宣戦布告もなく突発的に他国が襲って来た場合に各領地がそれぞれの判断で軍を派遣出来るので、即応性が高いとも言えるが、それも派閥の問題が足を引っ張らなければと但し書きが着く。


 具体的に、隣の領地が攻められても派閥が違うので助けに行かない、なんて選択も罷り通るので、やはり王政では中央集権化が無難であるとエルムは考えてる。


「そうか、僕の価値じゃなくて領地の価値か」


「腐っても伯爵領だからな。当主不在で直轄地としても良いんだろうが、嫡子が居るのにそんな事したら問題にはなる」


 中央集権化と言っても、しかし貴族は依然として存在する訳で。


 王家が貴族達の意向をまるっと無視して良いかと言うとそうでも無い。


「まぁ、仮に戦争でも起きたなら俺を呼べよ。俺は対軍の方が得意だし」


「…………それは、頼もしいね」


 ノルドはギンピ・ギンピで埋め尽くされた戦場を想像して身震いした。悪夢しかない。


「いや、普通に戦うぞ。何を想像してんだお前」


 エルムは腐っても元勇者であり、たった六人で魔王の軍勢と戦って勝った英雄なのだ。対軍なんて六人全員が出来て当たり前である。


 勇者とは、物語によっては少数精鋭の暗殺者みたいな側面が描かれる事もあるが、エルム達に限っては違う。


 一人一人が一騎当千だからこそ、魔導の境地に至ってるからこそ勇者と呼ばれたのだ。


 いさましき者。


 千を相手に一人で戦える勇ましさをもって勇者は勇者と呼ばれたのだ。


「……………………ねぇエルム。もうぶっちゃけて聞くけど、君って魔女プリムラの生まれ変わりだよね?」


「あ、それ聞いちゃう? 察してても言わないのがお約束じゃね?」


「そんなお約束知らないよ」


 とうとう核心に殴り込んだノルド。当のエルムはあまり気にしてない様子で安心した。


「一応、訂正して置くけどプリムラ・フラワーロードは生まれた瞬間から死ぬまで、ずっと男だったからな」


「……そうなの?」


「もっと言うと、裏切ったのは奴らであって俺じゃない。俺が魔王にトドメを刺した瞬間に裏切られて死んだんだよ」


 それから推定魔王の術式に巻き込まれる形で転生した。それがエルムの考えであり、恐らくはそう間違ってないはずだった。


 驚きの真実を聞かされたノルドは、しばし考える。


(エルムはこんな嘘を言うタイプの人間じゃない。もし伝承の通りに悪辣な存在だったとしてもケロッとした顔で認めるはず。…………だったら今の発言は真実? いや、それよりも──)


「ねぇエルム。当時の事を覚えてるなら聞きたいんだけど、風の勇者ルスリアってどんな人だった?」


 ぶっちゃけ、ノルドはエルムの前世がどんな人だったかなんて関係無い。今もう既にアンタッチャブルなのだから、昔がどうでも今のエルムを怒らせてはならないって事だけ分かってれば良いのだ。


 そんな事よりも、当時の勇者本人を知ってる人間から憧れの勇者について聞ける。それはとても貴重な情報であり、ノルドは意外とミーハーだった。


「当時のリア? そりゃもう、……………………めっちゃ可愛かったぞ」


 ノルドは思った。聞きたいのはそうじゃない。


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