ギンピ・ギンピ。



「ノ〜ルド。ちょっと良いか?」


 寮の食堂でエルムに声を掛けられたノルドは、凄まじく嫌な予感がした。


「…………ど、どうしたんだい?」


「込み入った話があんだけど、時間ある? 部屋に来て欲しいんだが」


 ノルドはついに断罪の日が来たのかと戦々恐々としているが、半分間違いで半分正解だった。


「お、お手柔らかに頼むよ」


「いや別に、なんもしねぇよ?」


 ノルドはその言葉を信じれなかった。なぜならエルムが双子を連れ歩いて無いから。


 あの双子はエルムの良心なのだ。あの双子の前であれば、ある程度はエルムも優しく在ろうとする。


「ポチくんとタマちゃんは?」


「ザックスとお出かけ中だぜ。たまには叔父としての立場も楽しまなきゃやってられねぇだろ」


 多大な仕事の報酬として姪っ子達を差し出してるエルムに、ノルドはとうとう覚悟を決める。ポイント稼ぎが間に合わなかったのかと諦めの境地だ。


 そうしてエルムから連行されたノルドは、エルムの部屋でソファに座って断罪を待つ。


 しかしエルムの口から出て来たのは、もしかすると断罪よりも酷なものだった。


「ノルドさ、お前って母親のこと好き? これから殺しに行こうと思うんだけど」


 心臓がギュッと音を立てた気がして、ノルドは短く息を吐き出した。


 そしてハッとする。そりゃそうだと納得する。自分だけは助かろうと画策していたが、しかしエルムの復讐対象には自分の母も入ってるのは当たり前だったと今更ながら理解した。


「そ、それよりも父上のことは良いのかい?」


「いや、そっちはもうだから別に」


 何とか問題を先送りしようと、自分の中でも見捨てて良い人選となってる下半身伯爵を差し出そうと思ったノルドだが、既に処理されてると言われて驚く。


「え、もう殺したのかいっ!?」


「正確にはまだ生きてるけどな? でも生存不可能な地獄には叩き落としといたぞ。もう二度と人としては生きれないし、誰がどうやっても見付けられない状況で延々苦しむ処置をしてきた」


 それで、と話を戻すエルム。


「お前がどうしてもって言うなら、手心を加えてやらん事も無いけど。どうする? もちろん下げた分の加害度はお前に負って貰うけど」


「あ、エルムの好きにして良いと思うよ」


 そしてノルドは母も切り捨てた。


 良く考えれば、自分だってエルムに許してもらおうと必死にあれこれ手を尽くしたのだ。母も許して欲しかったらエルムに媚びを売って頑張れば良かった。


 自分はエルムをイジめたし、母はエルムの母をイジめた。自分一人のポイント稼ぎでその両方を帳消しなんてできっこないのは当たり前なのだと、内心で理論武装するノルド。


「だけど、その、僕は良いのかい? 今更だけど、僕は君を…………」


「まぁ少しもムカつかないとは言わねぇよ? でも、お前って別に母さんの事はイジめなかっただろ。長男と違って」


 そこが命運を分けた。というより、エルムからするとノルドのイジめなんて言うほど酷い物じゃなかったのだ。それも自分だけに向けられていたから、少しムカつく程度で済ませても良い。


 虐待とイジめは違うのだ。


 だが長男ガルドレイはやっていた。エルムを虐待していたし、母ハスカップにも手を上げていた。なんなら、親父の目が無かったら性的な意味でも手を出していたかもしれない。


 だからこそ問答無用でぶち殺したのであって、ガルドレイとノルドランの違いはそこにある。


 エルムは自分に対するイジめ程度なら軽くやり返して終わりでも良いのだ。だが虐待まで行くとそれは違う。


 似ているようで、『攻撃的な言動』と『攻撃』は違うのだ。


「とはいえ、まぁ直接ぶっ殺しはしねぇよ。母さんは自殺に追い込まれわけだから? 俺も奴らを同じ目に合わせるだけなんだよな」


 ◇


 後日、ノルドの元に王家から一通の書状が届いた。


 当主が行方不明で不在かつ、その夫人ら二人もみずから命を絶った為にエアライド家の家督を暫定的にノルドラン・エアライドに移す旨が書かれた書状だ。


 それを持ってエルムの部屋へと行き、どうすれば良いのかと相談するノルド。


「はぁ? え、もう死んだのアイツら? うわ、一年くらいは頑張れってんだよ根性ねぇなぁ」


 ノルドは、エルムが母達に何をしたのか怖くて聞けなかった。


 しかし意外な事に、エルムはエアライド夫人達に樹法を駆使した拷問などは殆どしていない。ただ、地球に存在した植物を一種だけ生み出して使っただけだ


 ただ、だからといって行為が優しくなったかと言えば、そんな事は有り得ないのだが。


 そも、エルムは樹法を使って知恵と趣向を凝らしたりする必要も無く、ほんの少し魔法を使うだけで元下半身伯爵が受けたような苦しみを与える事が出来るのだ。流石に数千年苦しみ続けるなんて事は無理だが。


 地球には、とある毒草が存在する。


 どんな物かと言えば、その葉に触れるだけで被毒して年単位で苦しむ事になる悪魔の植物だ。


 葉には産毛がごとき極細の針がびっしりと並ぶ植物で、触れた瞬間にその針が肌に刺さる。そして一度刺さると数年はずっと毒の痛みが続く。


 逸話の中には、外で大きい方の用を足した男がその葉で尻を拭いたところ、ばっちり手と尻に被毒してどうやっても痛みが取れず、あまりの苦痛に自分の頭を銃で撃ち抜いて苦しみを終わらせたなんて話もある程の毒草。


 そう、死と天秤に掛けても死を選んでしまう程の激痛が数年は続く毒草なのだ。


 それをエルムは、エアライド夫人に使っただけ。ただ、それだけ。


 毒草の名前は、ギンピ・ギンピと言う。


 解毒薬は存在せず、希釈した塩酸などで刺毛を溶かしたり粘着テープを使って刺毛を除去すると言った対処治療しか出来ない。しかも、その過程で刺毛が中途半端に体内へと残った場合、完全に治療が不可能となる上に痛みが増すと言う最悪の毒草である。


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