死ねたら良かった。
エルムは今世の母があまり好きでは無い。
だが、かと言って心から恨んでいるかと聞かれたら否である。
仮にエルムがプリムラや
ただ普通に働いていたら、突然その屋敷の主から見初められて手篭めにされ、望まない相手との望まない子を腹に宿し、その結果として汚物のような扱いを受け続ける。
控えめに言って悲劇である。いっそ望まない子だったエルムを
エルムは自分に対する冷遇に対して、言うほど恨んではいない。
エルムは母から受けた仕打ちに対し、言うほど恨んではいない。
だがしかし、母が受けた仕打ちを恨んでないかと聞かれれば、答えは否なのだ。
「俺にとって、別に『良い母親』じゃなかったけどな?」
既に四時間、経過してる。
「でもさぁ? 俺が弔いをしてやらにゃ、誰が母さんに手向けの花をくれると思うよ。なぁどう思う? お花さん」
徹底的に、描写する事すら不可能な程に凄惨な拷問がやっと終わる。
「なぁどうよ? 自慢の下半身が無くなっちゃった元伯爵さん。自身が持つ価値の九割九分九厘が下半身だったのに、それが無くなっちゃって一厘分の価値しか無くなっちゃったお花さん? もう下手したら今のお前よりその辺の石ころの方が価値あるぞ?」
否、拷問とは肉体的、精神的に責め苦を与えて何かしらの情報を引き出す手段であるから、これは拷問じゃなかったのだろう。
エルムに聞きたい事なんてなかったし、ただ痛め付けて自分がスッキリしたいだけ。
だからこそ暴力に際限が無かった。
「………………ぅ、ぁぁ」
ソレの状態を事細かく描写した本があったなら、たちまちのうちに発禁をくらう程の地獄がそこにあった。
一階から様子を伺ってた本職のザックスすらドン引きしてる。
ごく軽く、発禁されない程度にその姿や状態を説明するならば、木になった人が正しいだろうか。
下半身はもはや完全に植物化していて、地下室の床を突き破って地面へと根を張ってる。
その上にある肉体も所々が硬く変質しており、どう見てもタンパク質で構成された物質には見えない。
そんな状態になるまで、生きたまま四時間かけて改造され続けた元下半身伯爵の精神はズタボロだった。
「ぶふっ、コイツ文字通り自分のまいた種でこんな目に遭ってるのかと思うと、じわじわくるんだけど…………」
それはもう、本当の意味で「生きた死体」だった。
「残念だねぇ! 好き勝手に女へ手を出さなかったらこんな事にならなかったのにねぇ!? 母さんに手を出さなきゃ俺も生まれて来なかったからこんな目に遭わなかったのにねぇ!? 無様だねぇ! 自分の種に殺されるってどんな気持ちよぉ!?」
四時間もの間、終始こんな感じで煽り続けてるエルムもエルムである。やはり裏切られた経験からどこかしら壊れているのかも知れない。
「これに懲りたら、来世では清く生きろよなぁ。…………まぁ、その来世がいつになるか分かんないんだけどさ」
さすがに飽きたのか、エルムはオモチャで遊ぶのも終わりにする。
「確実に殺すけど、楽に死ねると思うなよ」
エルムは元下半身伯爵を殺す気である。しかし、その場ですぐに殺すつもりなんて無い。母が受けた苦しみなんてエルムには分からないから、自分が出来る最上級の苦しみを与えようと考えたらこうなったのだ。
「お前はそのまま木になってく。その木が枯れない限り、お前の苦しみは終わらないよ。意識は絶対に壊れないようにしてあるし、身動ぎすら出来ない時間をただ苦しめ」
樹木の寿命は品種にもよるが、参考までに地球で最も長生きしてる樹木はスウェーデンにある『樹齢9550年』で、アメリカにある地下茎で繋がったポプラの『群生体』もカウントして良いならば、八万年も生きてるらしい。
下手すると八万年もの時間を、ただ木として生き続ける。そんな可能性すらある想像を絶する『殺し方』。
「これからお前は死ぬわけだけど、死ねたら良かったねって話なんだよな。まぁお前の自業自得だし、植物としての新生活を是非楽しんでくれや」
「ぉ、ごぐぁ……、あがぁぁあッッ……!?」
最後に樹法を使って元下半身伯爵を急成長させ、小屋の一階を突き破って成長させる。
「お、おいエルム! 先に言え! 巻き込まれるだろうが!」
「おっとわりぃ、忘れてたわ」
一階に居たザックスが小屋の崩壊に巻き込まれそうになりながらも脱出して文句を言う。エルムは当然、魔法で自分の身を守ってる。
よっこいしょと崩壊した小屋の地下から這い出たエルムは、ニカッと笑ってザックスに謝った。
「しかし、なんだ。随分とヤッたな? あの魔法はなんなんだ」
「すげーだろ? 概念魔法って言うんだぜ」
概念魔法。勇者の時代で勇者が勇者たる絶対条件。概念魔法に至って無かった者を勇者とは呼ばないし、概念魔法へと至った者が勇者と呼ばれた時代。
勇者なんて呼び名が出来る前なら、その魔法が使える者を魔導師と呼んだ。
魔を導く者。ただ使うだけではなく、完全に自分の物にして初めて使える魔法の秘奥。
「どういう魔法なんだ?」
「概念魔法は人によって違うけど、今回俺が使ったのは『生物と植物を隔てる概念の破壊』かな。正確にはそれを実行できる領域を生み出すのが概念魔法なんだが」
楽しそうに魔法談義をするエルム達の後ろ。もう帰ろうかと歩き始める二人の背後には、おぞましさが滲み出る大樹があった。
最初からそこにあったかのように、元が人だなんて誰も信じない程にしっかりとした木が。
彼はこの先、あと何年苦しみ続けるのか。それはエルムにすら分からない。
確実に殺してはいる。だが生きてもいる。それがどれだけ恐ろしい事なのか。
仮に伐採された場合はその痛みもしっかりと感じるので、文字通りの生き地獄だ。本当に生きたまま地獄に叩き落としてみせたエルムは、とても満足そうな顔で王都へ帰って行った。
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