殺さないと思った?



「ザックス、調子はどうよ」


「まずまずだな」


 王都からも離れた森の中で、薄汚れた家屋に二人は居た。


「首尾は?」


「上々」


 気負いなく問い、気負いなく答える二人は、今からピクニックにでも行くようなテンションで最後の始末をつけようとする。


 そんな状況だと言うのに、エルムは「首も尾も上に向いてたらシャチホコだよな」などと意味不明な思考までしちゃうくらいには心身共に正常だ。


「で、奴は地下室?」


「そろそろ起きる頃合だろう。…………結構苦労したから、相応の金は貰うぞ?」


「任せとけや。スマシスが未だに売れ行きうなぎ登りだからいくらでも払えるぜ」


 狩人が使ってたのだろうとおぼしき建物は六畳くらいの小さな物だが、獲物の保管か或いは解体にでも使ったのだろう地下室があった。


 エルムが腐りかけの床扉を引き上げて中を覗くと、そこには椅子に縛られた下半身伯爵がいらっしゃる。


 ここまで来ればもう、誰でも分かる。エルムは下半身伯爵を殺す気なのだ。


「最後の質問で、俺はもうお前に手加減しないって決めたんだよ。残念だったな」


「………………ん、うぅぅ」


 地下室に降り、凍てつく視線でエルムが語り掛けたちょうどその時、下半身伯爵の意識が戻って呻き声をあげた。


「……なん、だ? ここは、いや、私はっ」


「目ぇ覚めたかよ」


 エルムが声を掛けると、下半身伯爵は顔を上げてエルムを見た。そして自分が縛られてる状況を理解し、身動ぎをして縄が簡単に外れない事を確かめると一気に青ざめる。


「え、エルムっ!? なんのつもりだ! これはなんだ!?」


「ん? 拘束されてるって理解出来ないのか? 可哀想なオツムだなぁ」


「うるさい馬鹿者め! 理由を聞いておるのだ!」


 元気にはしゃぐ下半身伯爵を眺めたエルムは、ケラケラと楽しそうに笑う。


「それこそ聞かなくても分かれよバーカ。今からお前を惨たらしく殺そうとしてんだよ」


「…………ば、馬鹿なっ」


「まさか、殺されないと思った? わざわざ裁判なんてするから、素直に召喚されたから、それで終わると思った? …………そんな訳ねぇじゃんバァァァカ!」


 狂ったようにケタケタ笑うエルムの姿に、下半身伯爵はどんどん血の気が引いていく。


「ま、待て! 私は伯爵だぞ!? 平民のお前が害してタダで済むわけが……!」


「ははははッ! やっぱお前ってバカなんだな。逆に聞くけど、誰が俺を疑うの?」


「……………………はっ?」


 エルムがわざわざ裁判なんて面倒な用事を素直にこなしたのは、その理由の一部に今がある。


「裁判で勝訴して、お前は右も左も大炎上しててほっとけば人生終わるだろう状況に居る中で、なんで勝者の俺がわざわざお前を殺すと思う? 誰が思う? どんな理由で? 殺す気なら最初から裁判なんてせず、先に暗殺すれば良いだけなのに?」


 裁判で勝った。その事実だけが欲しかった。


 勝訴して、ほっとけば下半身伯爵はもう勝手に滅びるような状況まで仕上げた。その根回しだってしてあり、は大量にあるのだ。


 ここからエルムが物理的に下半身伯爵を殺害するなど、誰も考えないだろう。


「それとも、そこまでは俺に恨まれてないと? 殺す程じゃないと? 母親をぼろ雑巾みたいにされたガキが、殺意を抱かないって本気で思ってた? だとしたらお前もう生きるの下手過ぎるから今死んどいた方が良いぜ。俺が手伝ってやるよ」


 ニタニタ笑うエルムが本気なんだと言うことだけは理解した下半身伯爵は、どうにか状況から逃れようと暴れ始める。


 しかし、縛った縄はエルム特性の物である。人力ではどうやったって千切れはしない。


「さて、じゃぁ俺はお前と違って優しいから選ばせてやるよ。拷問の末に死ぬか、ガルドと同じ死に方にするか、どっちが良い?」


「…………や、やはりお前がガルドをッ!」


 殺す前だから全部を暴露。そんな三流ムーヴを活き活きと熟すエルムは、今日まで溜め込んだストレスを吐き出すように己の真価を発揮する。


「んなの当たり前じゃぁぁぁぁん! ねぇどんな気持ち? 息子をぶっ殺した相手にハメられて裁判ボロ負けの上に拉致されて殺されそうなんだけど、今どんな気持ち? ねぇどんな気持ち?」


 草が生え散らかって雄大な大草原。これが樹法使いの本気かと言うくらいに草が生えてる。


「悔ちぃねぇ!? 息子をぶっ殺した相手が分かってるのに、何も出来ずにボロ負けして悔ちぃねぇ!? 生きてる価値無いねぇ!? 安心しろよ今から殺してやるからさぁ!」


 エルムが右手で空間を絞るように掌を閉じて行くと、連動して下半身伯爵を縛る縄もギリギリと音を立てて絞まる。


「ぐっ、がぁぁああああッッ!?」


「さぁさぁ、謝罪も後悔も要らんから! せめて俺のオモチャになれよな!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る