舞台の後。



 裁判が終わってから三日。エルムは呼び出しを受けて城下の喫茶店に来ていた。


「エルム様、本当にありがとうございました……!」


「このお礼は必ずしますわ」


「いや、物のついでだから別に良いさ」


 エルムを呼び出したのは二人の令嬢。名前をトゥーリア・デブリアス伯爵令嬢と、アリアナ・レウス男爵令嬢。裁判で下半身伯爵を叩き潰す材料に使った三人の内二人であった。


 二人は今回の件であらぬ風評被害を受けた一番の被害者、と思いきや、実は一番パッピーな令嬢だった。


「これでやっと、婚約が破棄出来ましたの! 本当にありがとうございますっ」


「わたくしは少し、次のお相手探しが大変になりましたけど……」


 エルムとて、最悪は無関係な令嬢二人の人生をすり潰しても「まぁ良いか」で済ませるくらいの覚悟はあったが、しかし少し手を回せばウィンウィンになれるとあらば多少の手間くらいは負う。


 この二人はちょうど、その条件に合致していた為に今回の被害者役として選ばれたのだ。


 トゥーリアは伯爵家であり、しかし想い人は騎士爵家の者だったために、身分差から想い潰えるところだった。なのでエルムの裁判でわざと傷物にされた風評を負うことで、家格が下すぎる家に嫁げる下準備が整った。


 もちろんザックスを使って相手方の騎士爵家にも根回し済み。「今回の件で傷物になった伯爵家のお嬢さんを貰わないか? 滅多にないチャンスだぞ」と話を通してあった。


 そしてアリアナの方は男爵家だが、騎士団に顔が効く父が娘を溺愛しており、騎士団の有望な新人を婚約者として用意して居たのだが相性が悪過ぎて困っていた。


 物静かで読書を愛し、人との会話も図書館でコソコソ喋るくらいのテンションが一番好きだと言うアリアナにとって、発言の全てに『!』が三つも四つも付きそうな脳筋系の青年は相性最悪。顔合わせの度に憂鬱な気持ちになっていた。


 相手は別に悪い人じゃないのだが、とにかく相性が悪かったのだ。理想のデートはと聞かれて「二人で静かにお家デート。食事は静かなカフェで」と答えるアリアナに対し、婚約者の青年は「遊園地でジェットコースター! 食事はキャンプファイヤーしながらバーベキュー!」と答える全力のパリピだと言えば、相性の悪さが理解出来るだろうか。


 とにかく、二人は今回の件で殆ど実害を受けてないのだった。


 下半身伯爵も慌てただろう。最悪は令嬢の方から事実を否定してくれると信じてたのに、二人は「わたくしの口からは、何も言えません……」と深刻そうな顔でのだから。


 唯一、今回の件を真っ向から否定してたオルブレイア家の令嬢は、エルムの根回しもゼロで普通に風評を食らってた。


 なぜオルブレイア家だけ何もしなかったかと言えば、今回の件で年齢的に手を出されたのは恐らくこの子だろうと被害者認定される可能性が一番高かったオルブレイア家の令嬢、クズミナ・オルブレイアがクズだったからだ。


 ザックスが調べたところ、表面は模範的な令嬢を演じるが、裏では権力を使って色々やってるクズだと判明したので、エルムはそのまま根回しもせずに風評爆弾をぶつける事にしたのだった。


 だからこの場には二人しかおらず、もう一人は今頃大変な思いをしてるはずである。


「あの、ところでエルム様……」


「アリアナ、俺に敬称は要らないぞ?」


「いえいえ、恩人ですから」


 にっこにこしてる文学少女アリアナが、軽く頬を染めながらエルムに聞く。


「エルム様は今、いお相手などは…………?」


「んー? 特に居ないけど」


「あら、レイブレイド家の方と仲がよろしいなんて噂を聞きましたわ?」


「…………レイブレイド?」


 エルムは一瞬、誰だっけと本気で思った。興味が無い人間ならば、例え自分に好意を抱いていようが秒で忘れることが出来るエルムだった。


「ああ、アルテの事か。いや別に仲良くはないな? むしろ性格が合わないと思ってるし」


「あら、そうですの?」


「というより、そもそも今は誰かと必要以上に仲良くなる気が無いしな」


 時期が来たら国から出ることも視野に入れてるので、エルムは今この国で誰かと必要以上の関係値を築く気がない。孤児院は仕方ない事だったが、連れて歩ける双子とビジネスライクな関係であるザックスは例外だ。


「さて、礼もしっかり受け取ったし、俺はそろそろ行くわ。双子も待ってるしな」


 一瞬、エルムを引き留めようとしたアリアナだったが、双子が待ってると言われては引き下がるしか無い。


 エルムが双子を大事にしてるのは最早周知の事であり、「そんな事よりもっと話そう」なんて双子を蔑ろにする発言をすれば顰蹙を買うのが目に見えていた。


 無事に婚約者との関係も精算されたアリアナは、元貴族で現在は平民という丁度いい物件のエルムに粉をかけようとしていたのだが、今回は相手が悪かった。


「ところでエルム様」


「ん? まだ何かあんのか?」


 ふいに、喫茶店から立ち去ろうとするエルムの背中にトゥーリアが声をかけた。


「今度またあります課外授業の事ですが、もう誰と組むかはお決まりですの?」


「………………え、待ってまた課外授業あんの? この間やったばっかじゃん?」


「ふふふ、魔法学校は実技を重視する校風ですので。大きな物でも年に三回、小さいのも含めれば年に七回はありますのよ?」


 エルムはげんなりした。


(マジか。要するに毎年七回も修学旅行があるようなもんだろ? バカなのかこの学校……?)


 死人まで出したと言うのに、学校側は変わらず課外授業を行うらしい。正気の沙汰とは思えないエルムだった。


「……………………うーん、そうだな。ノルド辺りさそってみっかな」


「いえ、今回は学年別ですのよ」


「マジかよ……」


 

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