俺達の冒険はこれから。



「まず、俺はエアライド家から縁を切られて追い出された後、少し用事を済ませた後にすぐ領都を出ようとした。その時、エアライド家長男が手下のゴロツキを揃えて俺を囲み、そのまま領都の外へと全員で出た」


 黙秘するかと思ったエルムが滔々とうとうと語る姿に、下半身伯爵はポカンとしてる。


 確実にエルムが殺してるのに、天使の鐘を前にして何故こんなにも当たり前に話せるのか。


「そして門を出て街道をある程度進み、誰からも助けて貰えそうに無い場所まで移動した後に揉めた。相手は俺を暴力で屈服させて、最悪は殺害まで視野に入れていたみたいだが、まぁ俺は超強いしエアライド家長男は正直なところ可哀想になるくらい弱かったので返り討ちにした。殺しては無いが、この時点で可哀想になるくらい弱らせたよ。手加減はしたけどな」


 事実。ただ事実を述べる。だがこの語り口が肝。


 こうも簡単に語る事で、「可哀想になるくらい弱らせた」が比喩に聞こえる。事実はどうあれ、喧嘩の延長で半殺し程度の認識しか聴衆に与えない。


 実際はなんの比喩でもなく衰弱さ弱らせたのだが、聞いてる者は殆どが「あぁ、ぶっ飛ばしたんだな」としか思えない。


 そしてその発言に嘘は無いので、当然ながら鐘はならない。


「その後、話し合った結果で俺が彼らを見逃す事になった。元々、俺を襲ったのも刺激が欲しかったからなのかな? 知らないけど、全員で『俺達の冒険はこれからだ!』って彼らが叫ぶから、俺は応援して(強制的に)旅へと出るのを見送ったよ」


 これを聞いた者は、どんな場面を想像するだろうか?


 多くはきっと、エルムと喧嘩をした後になんやかんやあって和解し、だが刺激を求める若者特有のリビドーが迸ってそのまま冒険者にでもなるために旅立ったように思っただろう。


 なにせ、彼らは『全力で』、『俺達の冒険はこれからだ』とたらしいのだから。


 実際は命からがら、掠れる声で命を振り絞りながら鬼気迫る雄叫びだったとしても、『全員で全力で叫んでいた』のは事実であり、鐘は鳴らないのだから。


 その後、エルムのサーヴァントに乗せられて強制的に旅立ち、誰にも遭遇しないルートを延々と進んで衰弱死したのが真相である。


「誓って言うが、俺は奴らを返り討ちにしたが。相当な実力差があったから、攻撃するまでも無かったんだよな」


 事実、エルムは攻撃なんてしてない。キラープラントによるドレイン付きの拘束しかしてない。


 それで骨が折れて、肉団子寸前まで行ったとしてもそれはキラープラントの力が強かっただけであり、吸血もデバフでしかなく攻撃判定では無い。


 それで瀕死にまで追いやられたのだが、そのセリフを聞いた者はなにを思っただろうか?


 鐘が鳴らなかった以上、攻撃してないのは真実なのだ。ならば袋叩きを全て完璧に回避して実力を見せ付ける強者ムーヴを想像したのではないだろうか?


 ちなみに、この言い方でドレインが攻撃判定にならないのは既に確認済みである。ザックスに軽く同じ事をして、それから天使の鐘を保有する侵入出来そうな施設へと潜らせて同様の質問をさせて確認してある。


 キラープラントの拘束で骨が折れた場合なども全て検証済みであり、回復出来るとはいえ淡々と仕事の範疇として仕事をこなしたザックスの貢献度は計り知れない。


 この勝敗はもはや、勇者がどうこうよりザックスを手に入れてたか否かで決まってると言っても過言じゃないかもしれない。


 ザックス、恐ろしい程に有能だった。


「さて、次は俺の質問だな」


「ま、待て! まだ────」


「はぁ? ちゃんと答えただろうが。自分は黙秘してるくせに図々しいぞ。聞きたい事があるなら次の質問まで待てや」


 タブーを簡単に踏み抜いたり、ヤベー質問をぶん投げてるエルムだが、しかし質問への回答は全てしっかりしてる。そして鐘が鳴らない以上は全てが真実。


 対して下半身伯爵は黙秘一回に、嘘が一回。会場の心象がどちらに傾くかなんて誰でもわかる。ワンチャン鐘がならない可能性を信じて『いいえ』と答えたのが裏目に出てしまった下半身伯爵だった。


「デブリアス伯爵家。レウス男爵家。オルブレイア子爵家。……ソコット男爵家の娘さんに手を出して泣かせたってマジ? 『はい』か『いいえ』で答えろよ」


「なッ、バ────!」


 またも爆弾をぶち込まれる。しかも


 当然ながらエルムは今の四家だってしっかり会場にお呼びしてる。


「ふ、巫山戯るな! 私は──」


「だから『はい』か『いいえ』で答えろってさっきから言ってんだろうがッ! 決まり事を無視し過ぎだろテメェ! 裁判長、俺ばっかり損してると思うんだが、なんとかしてくれないかなぁ!?」


 当然、エルムの言い分が通る。下半身伯爵の質問に事細かく丁寧にしっかり答え続けてるエルムに対して、文句ばかりを並べ立てる下半身伯爵は明らかに不利だった。


 そして、エルムのこの質問は『はい』か『いいえ』以外で答えられると困るのだ。その為にずっと同じ形式で質問していたのだから。


 実のところ、下半身が手を出してるのは最後に呼ばれたソコット男爵家の娘だけ。他の三家は完全に関係無く、笑える程に冤罪だ。


 だがこの質問、前の三家は名前を呼んだだけであり、質問は最後の『ソコット男爵家の娘に手を出したか』しか成立してない。


 なのに、これで『はい』と答えれば鐘は鳴らず、『いいえ』と答えたらソコット男爵家の事は真実なので鐘は鳴る。そして鐘が鳴れば前に呼ばれた三家は当たり前に勘違いする。


「ま、待て! 私は──」


「だから『はい』か『いいえ』だっつってんだろ! 裁判長、アイツ真面目に答える気が無いんですけど! 俺これ帰って良いですか!?」


 いまここで問答を止めるのマズイ。ここで問答が止まれば、娘を傷物にしたかどうかの答えを渋って止めた事実だけが残る。その場合はもはや、真実かどうか関係無いのだ。


 ソコット男爵家のみ正当な怒りだが、前の三家もソコット男爵家と全く同じ理由で怒り狂うだろう。天使の鐘があるこの場で否定する他に誤解を解く方法がない。


 にも関わらず、エルムが最初から仕込み続けたトラップが活きてる限りは誤解を解けない。『はい』か『いいえ』でしか回答が許されず、それ以外で答えようとするとエルムが裁判を終わらせてしまうから。


 控えめに言って詰み。下半身伯爵の次回作にご期待下さい。


「わ、私は無実だぁッッッ!」


 そして、あまりの事態に要らん事を叫んでしまう下半身伯爵。


 ──リンリンリン…………!


 鐘が、鳴る。


 私は無実と言う発言で、鐘が鳴る。つまり嘘であり、無実じゃない。


 それがどの罪を指すのかは、鐘の音を聞いた者の想像に委ねられる。


「裁判長、宣言通りで良いよな? はい裁判は終了! そちらの下半身過ぎて他所の娘さんを傷物にする馬鹿はお帰り頂いてー! あぁもう俺がやるわ! 最初から最後まで適当なことしやがって、お前はもう喋るな! 耳が腐る!」


 サーヴァントを呼び出して要らん事を喋る前にその口を塞ぎ、裁判所から追い出す。ゲームセットである。


 少し強引ではあったが、最初から積み上げ続けた罠が効きすぎた為に殆どの者が不審に思わない。


 余談だが、今日エルムが呼んだ貴族家五つは、どれもこれもエアライドが無視出来ない力関係を持っている。


 下半身伯爵の次回作、はたして出るのだろうか。ご期待下さい。


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