寝たってマジ?



「も、黙秘する!」


 下半身伯爵が苦し紛れに答えると、エルムは意外にも「まぁそうだろうな」と納得した。


 本来の性格なら追求して煽り倒す様がすぐにでも思い浮かぶが、エルムにとってこの質問は軽いジャブでしかない。


 薪とは、燃えてない状態が一番燃えるのだ。エルムは相手を盛大に燃やすため、今は火をつけずに我慢することを選ぶ。


「良く分からん理由でガキを家から追い出すクズとは違って、俺は寛大だからなぁ。一問一答で『答えない』は禁じ手だろうが、特別に許してやるよ」


 エルムは裁判員と傍聴席をチラッと眺めた後、明らかな冷笑を下半身伯爵に向けた。


 脱税してるかを問う質問に、天使の鐘を前にして『黙秘』を選んだ。その事実が既に答えなのだから。


 しかし下半身伯爵はそう答える他ない。否と答えれば鐘が鳴り、肯定するとそのままアウト。ならば実質的に自白だろうが答えない他に選択肢なんて無いのだ。


 答えのAもBも100%アウトの中、75%くらいアウトな答えを選んだだけでアウトな事に変わりは無い。だが一度口に出せばそれは裁判と言う公的な場での確定になる。ならば十中八九確定してても建前として不確定を貫くしか無い。


「ほら、どうした下半身クソ野郎。手番は譲ってやるからさっさと質問しろよ。まぁお前が黙秘を使ったんだから俺も黙秘しちゃうかもしれないけどー?」


「ぐっ…………」


 もはやこの問答でエルムを追い詰める事はこの時点で不可能となった。下半身伯爵が黙秘をした時点で、エルムが本当にマズイ質問に同じく黙秘をしたって文句が言えないのだから。


 今の下半身伯爵は頭に血が登ってるが、元々は無能じゃない。そこそこ使える人間であり、今やっとその能力をもって頭を回し始める。


 自分の黙秘でエルムは回答を拒否出来るようになった。しかし自分が一度答えなかっただけで、その後の全てを拒否するのはどうだろうか?


 先に自分が拒否した分で一回。後は条件がイーブンになった時点で相手に借りを作る形での黙秘が、つまり今の下半身伯爵と同じ状態になる回答拒否が一回で計二回。


 それだけ黙秘を引き出せば、その後は黙秘その物を拒否する形に持っていける。自分は黙秘一回で、相手は二回。それから三回目の黙秘が出れば「これでは問答にならない」と裁判長に訴えられる。


 先に黙秘したのは自分だが、回数的に心象が悪いのはエルムになる。そう確信した下半身伯爵は、エルムが拒否しそうで尚且つ自分に利する質問を考える。


「…………お前がガルドと最後に会った時、暴力を含むいさかいはあったか?」


 これだ。と、下半身伯爵は思った。


 下半身伯爵はエルムがガルドを殺したと確信していて、そしてそれは大正解である。ならば最後に会った時に暴力沙汰が無いわけがない。この質問なら拒否すると思って勝利を確信する。


「ああ、暴力を含む揉め事トラブルはあったよ」


 しかしエルムは正直に答えた。


「…………なぁ!? な、ならお前がッ!」


「おいおい、一問一答だろ? 今度は俺の手番ターンだろうが」


 ザワつく裁判所の内部で、エルムだけが不敵に笑って勝利を確信してる。何故なら黙秘なんて一つもする必要が無いから。


 トラブルがあった。だからどうした? そんなの街に出ればゴロゴロあるだろうが。エルムは『殺し』さえ隠せれば勝ちなのだ。それ以外ならどれだけ正直に答えても痛くない。


「次は俺の番だな。なぁ下半身クソ野郎、お前ってイール子爵の奥さんと寝たってマジ?」


「んブッ────」


 そしてカウンターで爆弾をぶち込む。ザワつく裁判所だが、とりわけ傍聴席の騒ぎがデカイ。何故ならイール子爵本人が居らっしゃるから。


(そりゃ居るよな。だって呼んだの俺だもん♪︎)


 先程チラッと傍聴席を見たのは、しっかりと呼んだ人がそこに居るのかを確認しただけだった。


 エルムがザックスを使って調べてたのは、つまりこう言う事なのだ。


「も、黙秘────」


「えー! さっきも黙秘したのにぃ!? これじゃ問答にならないんですけどぉ! 裁判長、これってありなんですかぁ?」


「くっ、この…………!」


 顔を真っ赤にする下半身伯爵。自分がやろうとしてた事を先にやられる失態。それどころか、裁判長の判断次第では相当なトラブルになる案件がぶち込まれて焦りに焦ってる。


「…………ふむ。確かに、黙秘ばかりでは問答にならんな。エアライド伯爵、それ以上の黙秘を重ねるなら、問答を終わりにするが?」


 今日の断頭台は大分フレンドリーらしい。下半身伯爵に気軽に手を振ってる様子がエルムの脳内でありありと見える。


「あ、これも『はい』か『いいえ』で答えろよな。回りくどい回答は認めないぞ」


「ぐっ、クソがぁ……!」


 下半身伯爵が下半身である所以。女性にだらしない問題がここに来て牙を剥いてきた。


「…………………………い、いいえ」


 ────リンリーン……!


 当然、鳴る。そしてイール子爵の指も鳴る。青筋を立てて下半身伯爵に鬼の形相を向けながら、ペキペキと指を鳴らしてらっしゃる。


 身分的には子爵が下だが、こうして明るみに出た不貞の問題は往々にして身分を超える。そしてイール子爵家は武闘派として知られる。下半身伯爵の未来は一気に暗くなった。ロウソク程度ではもう照らせない。


「…………お、お前が回答の形を制限してても、こっちには関係無い! ガルドと揉めた時の内容を事細かく答えろ!」


 もう下半身伯爵はエルムを断罪して、今までのは犯罪者の戯言だと有耶無耶にするくらいしか生き残る道が無かった。質問にも気合いが入る。


「ん? 分かった。事細かく答えれば良いんだな? 最初っからそう聞いてくれれば良かったのに」


 しかしやはり、エルムにはなんの痛痒つうようも覚えない質問だったらしく、飄々としたまま語る。


 自分が仕込んだ喜劇を。


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