禁忌の質問。
「……………………は?」
下半身伯爵は、何を問われてるのかすぐには理解出来なかった。
「お前、そんな…………」
「だから『はい』か『いいえ』で答えろってんだよ無能伯爵が。言葉も理解出来ねぇ猿だってんなら猿山に帰れ。ここは人間の秩序を守るための裁判所だぞ」
いつになく攻撃的なエルムの言葉に、下半身伯爵は怒りを覚える前に戸惑った。
エルムは普段から攻撃的な性格ではあったが、しかし方向性が異なった。
いつもならグローブをはめた拳で的確にカウンターを狙うような攻撃性だったのに対し、今は抜き身の刀を構えて威嚇してくるような感覚を下半身伯爵は感じた。
その戸惑いのままに、下半身伯爵は『はい』と答える。実際、本人は女性にだらしない性格だが手を出した女性に対してちゃんと愛を感じるタイプだった。
だからこそ真実として『はい』と答えたのだが、しかし────
──リンリンリン………………!
鐘は鳴る。
「そ、そんな馬鹿な! 私はちゃんとハスカップを愛していたぞ!」
予期せぬ鐘の音に慌てる下半身伯爵は、嘘を言ってるつもりは無い。だがしかし、鐘は鳴る。その事実に下半身伯爵は焦りまくる。
嘘を言って無いのに鐘が鳴った。つまりそれは天使の鐘が偽物である事を示唆する事実であり、この後にエルムへ投げる質問に対して天使の鐘が当てにならない事を意味する。
「…………はぁ、お前ホントに嘘ついてないつもりなんだろうな」
だが当のエルムは、誰よりも鐘の音を真摯に受け入れていた。それはとても偽物の鐘を用意した者の反応じゃ無かった。
「どう言う事だ!」
「お前は人の言葉をちゃんと理解してから答えろよ。良いか? 俺は『ハスカップ・プランターを愛しているか?』と聞いたんだ。『ハスカップ・プランターを愛していたか?』なんて聞いてないんだよ」
それはほんの少しだけの違い。ともすれば、殆どの人が気にもとめない違いに過ぎず。だがエルムにとってはどうしても無視出来ない違いである。
「ああ、分かるよ。あんたは母さんを愛してたんだろうさ。死ぬまでは。いやひょっとしたら、死にそうになるまでは、かもしれないが」
つまりは、過去形。
「鐘の音が鳴ったのはソコだよ。お前は今も変わらずに想ってるつもりかもしれねぇけど、実際は死んだ相手なんか微塵も気にしてねぇってこった」
「そ、そんな事は…………」
「あるだろうが。鐘の音がその証拠だろうがよぉ」
エルムが聞きたかった事。それは『母の死に価値はあったのか』という疑問。
「要するに、母さんはお前の勝手な好意で手を出され、好き勝手されて子を孕み、産んだ後は正妻達からの苛烈な迫害によって命を落とし、そして死んだ後は手を出して来た男の愛すら離れてく」
結論として、その死に価値は無かったと言える。
「はぁ、……………………潰すぜエアライド」
ぼそっと呟いたエルムの言葉は、誰の耳にも届かなかった。
「さぁ、俺の質問は終わりだ。全くの無意味に終わると思うが、好きに質問して良いぞ。質問が一つ終わる度に、お前の人生を壊してやるから」
エルムの聞きたい事は聞けた。知りたかったのは、下半身伯爵には情状酌量の余地が存在するのかどうか。
その結果、微塵も手加減しなくて良いと分かったのでエルムは一切の躊躇を捨てる。
「お、お前がガルドを殺したんだろう!」
「いいえ。はい次俺のターンな」
結果の分かりきってる質問とかマジかこいつって顔をしたエルムはさっさと流して次に行こうとする。
「待てっ、まだ────」
「さて、エアライド伯爵に質問だ。お前は国へ納める税を着服した事があるか?」
「────なんっ」
空気が凍る。
駄々をこねる下半身すらも凍りつき、裁判員達も傍聴員も、誰もが息を飲んだ。
それはタブー。どんな時でも、天使の鐘を前にして『聞いてはならない』暗黙の了解。
なぜなら、貴族なんて誰もが大なり小なり脱税も横領もしているのだから。
「これも『はい』か『いいえ』で答えろよ。お前は脱税をした事があるか?」
誰でもやってる。だが天使の鐘が事実を確定してしまうと、その瞬間に国に対する背信が確定する禁忌の質問。
「お、お前ぇ! 自分が何を聞いてるのか理解してるのかぁ!」
「るっせぇなボケがよぉ。良いから答えろや」
今日、エアライドの名が地に落ちる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます