最後の問い。



「だから提案がある」


 裁判長侯爵の苦悩を見透かしたエルムは、その場に一つ毒を放り込む。


「………………提案?」


「そ、提案」


 提案とは言うが、実質的な命令である。何故なら裁判長侯爵はそれを断れないから。


 エルムが国王と知己の無いただの平民であったなら「うるせぇ従え」と言える。


 だがしかし現実として、エルムは国王と仲良しであり、なんなら宰相からも覚えが良く、第二王女がどうにかエルムを手に入れようと画策してるだなんて噂すらある。


 そんな状況でエルムに権力パンチを食らわせたらどうなるか。当然ながら数倍の威力を誇る権力パンチが王族うしろから飛んでくるのだ。


「…………聞こうか」


 よって、裁判長侯爵は迫真の「聞こうか」を連発するしか手が無い。侯爵なのに可哀想な人である。


 中央集権化してない国だったなら、もう少し無茶が出来た物を。


「もう俺の無罪は確定してるのに、この裁判とは関係無い事をこの場で色々と聞きたいんだろ? でもさ、天使の鐘を前にして俺だけさえずるのは不公平じゃ無いか?」


「何が言いたい?」


「要するに、もう裁判は関係無いんだから俺とそこの下半身伯爵…………、おっと失礼。俺とエアライド伯爵で直接やり取りさせてくれりゃ良いよ」


 エルムが下半身伯爵と口にした瞬間、数人の裁判員と十人近い傍聴員が吹き出した。キルスコアは十四人。


「そこの下半身エアライド、……じゃなくてエアライド下半身? もう下半身クソ野郎で良いか。下半身クソ野郎が聞きたい事に俺が一つ答え、そしたら次に俺が下半身に一つ質問をする。一問一答形式でいこうぜ? これなら公平だし手っ取り早いだろ?」


「…………確かに、もう当人同士の事なのだ。真相の究明と言う命題はあっても、当人同士で解決させる方が手っ取り早いか」


 裁判長侯爵は少し考え、思ったよりも良案が出た事に内心で喜んでる。


 エルムの提案なら両派閥に角が立たない。

 

 エアライドは知りたい真実を知れて、裁判長侯爵もあからさまな匂わせを食らったまま忖度のように裁判を終わらせる必要が無くてメンツも保たれ、何よりエルム自身が公平と言ってるのだから王族派にも顔が立つ。


 考えるほどに素晴らしい提案だった。……………………その提案をしたのが、エルム・プランターでなければ、


「よし、良いだろう。エルム・プランターが本当にガルドレイ・エアライド殺害に関与してないのか、その究明と言う形で続行。しかし審議は天使の鐘を用いた当人同士の問答によって済ませる」


 しかし裁判長侯爵は許可をしてしまった。エルムの性格について調べてあったのに、付け焼き刃な知識は土壇場で場外ホームランよりもカッ飛んで消えてしまった。


「あぁ、でも延長に応じたんだから最初の質問は俺にさせて貰うぜ?」


「構わん。エアライド伯爵も、冷静さを取り戻したなら発言を許可する。だが一問一答の形式は守り給えよ」


 大衆、と言うほどの観衆は居ないが、それでも人前で下半身下半身とネタにされまくってた下半身クソ野郎は顔面真っ赤でプルップルだったが、それでも侯爵の顔に泥を塗っちゃダメだと言う理性くらいは残ってた。


「…………エルムぅ、お前が殺したんだろう」


「お? もしかして俺から質問するって言葉の意味すら理解出来なかったのか? それとも天使の鐘で否定された質問を繰り返しも意味が無い事の方を理解して無いのか? どっちにしろ致命的な脳疾患が疑えるから霊法使いに見てもらった方が良いと思うぜ」


「うるさい! すぐに鐘が鳴らなかったカラクリを暴いてやるからな……」


 お前にゃ無理だよばーか。エルムは内心でニタニタした。


「じゃぁ最初の質問だ。これでお前の運命が決まるから、心してよ?」


 真っ赤な顔に青筋を立てながら無言でエルムを睨む伯爵に、エルムはずっと聞きたかった事を聞く。


 その質問は、本当の本当に最後の分水嶺だった。


 エルムとエアライド伯爵の確執。つまりはエルムの母に対する扱い。


 正直なところ、エルムは今世の母があまり好きじゃない。


 何故ならエアライド家で冷遇された母から、八つ当たりの如く体罰を受けた経験があるから。それも、少なくない回数。


 エルムはぶっちゃけた話、自身の冷遇については言うほどの怨みを覚えてない。自分が受けた冷遇なら自分でやり返せば良いからだ。実際にガルドは返り討ちにあって死んでる。


 だが母はどうだっただろう? エルムはたまに考える事がある。


 どうせ転生なのだから、エルム・プランターじゃなくても産まれてこれた可能性は高い。だからこそエルムは母に対して他人だと言う気持ちが強い。


 しかし、だからといって、体罰を強いた母だからと言って、あの死に様に相応しいほどの悪人だったかと聞かれたら、考えるまでも無く否なのだ。


「『はい』か『いいえ』で答えろよ、バルゴドーム・エアライド」


 エルムは数年振りに父の名を呼ぶ。これから判決を下し、決別をする他人としてフルネームを。


 今この場で判決を下すのは、裁判長侯爵でも下半身伯爵でも無く、エルムなのだ。


「バルゴドーム・エアライド。お前はおれエルム・プランターの母親、ハスカップ・プランターを?」


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