風見鶏。



 あまりに態度が悪いエルムの姿に、傍聴席含めて殆ど全ての人間がドン引きする中で始まった裁判は、とても静かに進行した。


 エルムは日本の裁判をドラマでしか知らないが、この世界の形式でも裁判の形はそこまで変わらなかった。


 まず裁判長が原告の訴えを読み上げ、被告に確認する。当然、被告は訴えを否定して証言をする。


 互いの意見が出揃ったところで、そこから証言の矛盾や粗などを精査して罪状を確定。ちなみに、ドラマの様な「証言は嘘偽り無く──」なんてやり取りは無かった。


 何故ならこの世界には天使の鐘が存在するから。嘘偽りある証言も好き喋って良い。その代わり天使の鐘で速攻バレる。


「エルム・プランター。貴様にはエアライド伯爵から嫡子殺害の犯人であると訴えが出てる。これは真か?」


 実のところ、半数に及ぶ裁判はここで終わる。天使の鐘があるから殺人犯が「殺してません!」と言うと鐘が鳴るのだ。その時点でほぼ終わりである。


「いや、多少の身に覚えは有るが殺害はしてない」


 だがエルムのような発言が飛びてて、裁判が裁判らしく機能するのは珍しかったりする。


「そ、そんなはずは無い!」


 エルムの発言で鐘は鳴らず、つまり殺してないと言う事が確定してしまった。実際はめちゃくちゃぶち殺してるのだが、そこはエルムが施した仕掛けのせいだ。


 その結果に我慢ならない下半身伯爵は声を荒げるが、裁判長役の侯爵は冷めた目で伯爵をみつつも、変な証言をしたエルムに興味を持った。


「エアライド伯爵、今は発言を許可してない」


「し、しかし…………」


「二度、言わないと分からないかね?」


 権力と言う圧力で下半身を黙らせる侯爵。こう言った貴族が関わる裁判は被告、原告に居る貴族より上の爵位を用意するのが通例だった。何故なら爵位を盾にごねられると面倒だから。


「さて、エルム・プランター? 貴様は今、身に覚えはあると言ったな?」


「あぁ、その耳が顔と同じくらい悪くなくて安心したよ。聞こえた通りさ」


 普通に死ぬほど不敬罪であり、突然煽られた侯爵はこめかみピクピク、口角ひくひくと最悪の形相になるが、しかし耐えた。


 侯爵も伊達に、侯爵なんて高位貴族の座に座ってる訳じゃない。エルムについて調べられる情報は大体全部調べてある。


 子供に対しては人格者然とした一定の対応をするが、基本的に性格はクソ。そして国王からの覚えも目出度く、タメ口を許されてる異端。


 しかしながら自分も愛用するスマシスの開発者であり、公爵家を実質一つ潰してる悪魔的な子供。


 口を開けば呼吸よりも滑らかに罵詈雑言を吐き出す性根であり、その発言を調べられるだけ調べてみたが中々に酷いものだったと侯爵は記憶してる。


 特に課外授業の時に学友へと吐いた「仲間を見捨てて吸う空気は美味いっスか!?」なんて発言は、マトモな人格をしてたら絶対に吐けないセリフだろう。


 そう思えるだけ、この侯爵はかなりマトモな人間だった。


「では、その身に覚えがあるくだりについて証言せよ」


「その前に、一つ良いかい?」


 侯爵は思う。このクソガキゃぁ……!


 聞かれたら答えて、真偽を確かめる。それが裁判であり、「一つ良いかい?」なんて発言は本来飛び出して来ないのだ。


 しかし国王が個人的に友人扱いしてる人間に対し、まだ発言が不当だったかも判断出来ない時点では却下も難しい。本当なら天使の鐘でサクサク終わる仕事のはずなのに、侯爵は急に上と下に挟まれる中間管理職のような苦しみを味わう羽目になった。


「…………聞こうか」


 あらゆる感情を噛み潰した上での「聞こうか」だった。


「どうも。えーと、俺は今しがた、天使の鐘を前にしてハッキリと『殺して無い』と発言してるよな? そして鐘は鳴らなかった。だったら『エアライド家嫡子殺害』についての裁判はもう終わりだろ? 事実究明が必要なのは認めるが、それは裁判所でやるべき事じゃないはずだ」


「む……」


 そして喋らせて見れば、中々に痛いところを突かれて侯爵は小さく唸った。


 エルムの言う通り、この裁判はガルドレイ・エアライドを殺した犯人に対して罪を叩き付ける場であり、エルムが『殺してない』と発言して鐘がスルーした時点で裁判は終わっても良いのだ。


 そのあとの真犯人探しなど、エルムも裁判所も関係ない。それはエアライド領に居る兵士や騎士の仕事である。


 もしくは、改めてエルムに対して『ガルドレイ・エアライドの情報を意図的に伏せてる』事の裁判を起こすべきで、それは今じゃない。


 先進国の裁判ならそんなゆるっゆるな事にならないだろうが、ここは異世界であった。


 今にもふざけるなと叫び出しそうな下半身伯爵を裁判員達が鋭い視線で牽制する中で、裁判長侯爵は苦い顔で呻く。


「いや、しかしだな…………」


「あーいや、分かるよ。中立派であるアンタにもメンツはあるもんな?」


 エルムだって馬鹿じゃない。ザックスを使って裁判に参加する人員や傍聴するだろう人員の素性も調べられるだけ調べてある。


 貴族の関係に明るくないだろうエルムがそうやって派閥を看破する事態に、裁判長侯爵はそろそろ胃痛を感じてきた。


 実際、エルムが言う通りに中立派である裁判長侯爵達にもメンツがある。


 中立派だからこそ呼ばれているのだ。中立派だからこそ手に入る利権があるのだ。裁判員として法の番人をしてる事もその一つ。


 なのに、国王からの忖度そんたくを恐れてエルムが口にする言い分だけを聞くわけにはいかない。貴族派であるエアライドを蔑ろにする訳にはいかない。


 エルムの言い分はこの場に於いて正しいが、しかし『エアライド領の兵士がすべき仕事』だからと言って、裁判長侯爵が介入してはならじとも言われない。


 こんなあからさまな匂わせを食らって、少しつつけば真相まで分かりそうな状況だと言うのに、エルムの言い分が正しいからと言って「あとは知らん」とエアライドを突き放すのは出来ないのだ。


 中立派をどっちつかずのコウモリと揶揄する声はある。しかし本質はどちらかと言えばコウモリではなく風見鶏かざみどりなのだ。


 それも風を読み間違えたら奈落に落ちるようなアクロバティックさを内包した風見鶏だ。コウモリのようにあっちこっちとフラフラ飛んで行けるほど簡単ではなく、互いの地雷を踏まないように才能が必要不可欠なポジションなのである。


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