召喚状。



 エルムの元に、裁判所から召喚状が届いた。


 この一文だけ抜粋ばっすいすると地球での出来事のようだが、残念ながら裁判制度は地球でも古代から存在したオーパーツである。


「はぁ、かったる…………」


 前世で謀殺された経験から、今世のエルムは大胆に見えて相当に慎重な行動を心掛けてる。


 例えば、冒険者になってダンジョンに潜った頃のエルムは樹法の使用を控えて安全策を重視し、本当なら単身でもどんどん到達階層を更新出来たにも関わらず、緩衝材として双子を購入したうえで物資の問題も気にしてた。


 楽観とまでは言わないが、エルムの警戒心がもう少し人並みだったなら、あの時点でもうダンジョンの深くまで潜ってたはずなのだ。


 エルムはダンジョンに潜る物資をしきりに気にしてたが、しかし工夫次第で樹法による食料生産がいくらでも可能なエルムは、そもそも食べ物の心配なんてしなくて良い。


 肉が食べたいから、だなんて理由でダンジョン踏破に踏み切らなかったのは、ひとえに謀殺された影響で慎重になってるだけなのだ。


 今回の事も同じ。ガルドをさくっと殺害して国外にでも逃げれば良かったのに、あるかも分からない裁判に対する対策をしてからガルドを仕留めている。


 そこまで自分の安全に気を付けるエルムからすると、ザックスと言う諜報員まで手に入れた現在は危険な事など何も存在しないのである。


「………………はぁ、だるぅい」


 唯一のウィークポイントと言えるだろう双子も、そのザックスに預けて来たエルムは、召喚状に記された場所まで一人で向かってる途中だった。


 情報は集めた。対策は完璧。つまりは勝ち確である裁判など、今のエルムにとって茶番に等しい。


 そんなお笑い会場にcome hereいらっしゃい♡と言われてるのだから、エルムの気怠さもひとしおだった。


 いつものエルムなら煽りがいのあるオモチャが来て喜ぶ場面なのだが、如何せん相手が悪い。


 なにせ、下半身伯爵は今世でエルムが一番煽り倒した人物だ。要するに食傷気味だったりする。


 あらゆる煽りと皮肉をぶち込んできたので、今更来られても飽きてるのだ。


「これがビンズとかだったらなぁ」


 何故か普通の友人風に振る舞い始めた最近のビンズに対し、エルムは微妙に納得いってなかったりする。


 可愛い双子へとお気に入りのオモチャを下賜かしする気持ちで諦めたが、しかし何故に友人気取りなのかと疑問は尽きない。


 だからまだ、ビンズの事は煽ろうと思えば煽れるのだ。


 例えるなら、下半身伯爵は既に吐き捨てられてアスファルトにこびり付いたガムであり、ビンズはまだ噛めばほんのり味がするガムである。


「あー、ガム食いてぇな」


 ふと、地球の菓子が恋しくなるエルム。


「…………作るか」


 裁判所への道すがら、エルムは樹法の材料用にポケットへと入れてた木製のタイルを一枚取り出し、魔法で変質させて行く。


 日本でチューイングガムと呼ばれる菓子は、正式にはチューインガムと呼ぶのだが、あれはサポジラの木から採取される樹液から作られたゴム製品だ。


 現代ではコスト削減の為に松脂まつやにや合成樹脂も使われるが、つまるところ植物由来の成分でチューイングガムは再現可能なのだ。


 砂糖はセルロースの結合を分断して加工可能で、ガムに添加されるキシリトールもカバノキ等から取れるので植物由来。


 そういった知識を総動員してササッと一枚のガムを作ったエルムはそれを口に入れ、くっちゃくっちゃと咀嚼し始める。


「あぁ〜、懐かしい味がするぅ〜」


 流石にガムなんてプリムラ時代でも作った事は無かったので、実に三百年振りのガムである。


 下がりに下がっていたエルムのテンションは少しだけ上を向き、そのままガムをくっちゃくっちゃしながら裁判所に到着した。


 時間通り、予定通りにエルムが到着した為に対応は比較的スムーズに進む。しかしその間もエルムはガムをくっちゃくっちゃしてる。


 とてもくっちゃくっちゃしてる。


 そうして始まった裁判だが、エルムはずっとくっちゃくっちゃしてた。


 言うまでもなく、クソほどよろしくない態度である。


「………………で、では裁判を始める」


 現代地球の先進国で行われるような裁判とはまた違うが、天使の鐘が影響して魔女狩りのような出来レースでも無い裁判が始まる。


 日本で言えば裁判長に当たる役柄は中立の貴族が担うが、その貴族もエルムの態度にドン引きしてる。


 現在のエルムは、パーカーにジーンズと言う日本でもかなりラフな部類に入る服装であり、フードまで被ってポケットに手を入れてガムをくっちゃくっちゃしてる様子は、ガムと言う菓子を知らない者からしても相当に態度が悪いと容易に察することが出来た。


 そんなエルムを凄まじい形相で睨むのは、原告に当たる下半身伯爵だ。


 裁判に参加する人員は原告である下半身伯爵と、被告であるエルム。そして裁判長たる中立派の侯爵と、その派閥に類する貴族達が裁判員として座ってる。


 会場は極々小さなコロシアムのような形状になっていて、観客席に当たる場所が傍聴席だった。


(…………あれが天使の鐘か)


 裁判長が座る席の前にあるのは、見事な彫金で作られた小鳥の止まり木みたいな物から吊るされる丸っぽいカウベルのような道具。


 もっと大きな物を想像してたエルムとしては、あんな女子の好きそうなインテリアだとは思ってなくて少し驚いてる。


 ちなみに、その間もエルムはガムをくっちゃくっちゃしてる。


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