帰り道。



 エルムはアベリアと家令が裏切るとは考えてない。しかし自らの命を優先するならエルムを切る選択が有り得る事も否定しない。


 だから家令の準備が終わって歓待される間も、あまり踏み込み過ぎずに居た。


 結局、ザックスが色々と書類をかっぱらうのを待ってから適当なところで屋敷を辞するエルム。


 出された食事も殆ど手を付ける事はしなかった。二人を信用出来たとしても、下半身が連れて来た他の使用人が信用出来なかったから。


 たとえ薬など盛られたとて、今のエルムなら簡単に解毒可能だ。植物由来の毒ならそもそもが無効化出来るし、動物や鉱物由来の毒でも霊法で誤魔化しつつ、タマやヤキニクに治して貰えば良い。


 だが双子を狙われた場合が面倒だった。流石に毒物を無効化するような魔法の使い方は教えてないので、すぐにエルムが対応するとしても一度は倒れる可能性がある。


 そして、一度でも貴族の屋敷で誰かが食事中に倒れると言うのは大事なのだ。要らないトラブルが追加される事が確実になる。


 信用してない使用人達から何かを盛られるくらいなら、出された食事を全て無視するくらいの無礼は許容範囲。


 ほぼ手付かずだった食事を見て悲しそうにする家令を見たとしても、エルムは気にすること無く屋敷を後にした。


 むしろ、気にするべきだったのはクナウティアの事だった。せっかく会えたエルムとまた離れ離れと知ったクナウティアが大暴れするので、何とかあやして宥めて寝かし付けなければ屋敷から出られなかっただろう。


「で、ザックス? 収穫はあったんだよな」


「当然」


 エルムとノルド、そしてポチとタマの四人で帰る道すがら。


 狙われる心配が無くガッツリ食事を楽しんで来たノルドの後ろからスッと出て来る黒ずくめの柔牙族、ザックスが一枚の紙切れをエルムに渡す。


 ビクッとするノルドをのそに、エルムは渡された紙切れを一瞥して内容を頭に叩き込んだら、証拠が残らないように燐法で紙を消し炭にした。


 それから、エルムは種を一つ使って紙に変え、生成した時点で中に文字が綴られた手紙にしてザックスに渡す。


 受け取ったザックスは何も言わず、そのまま闇に溶けるように姿を消して行った。


「…………エルム、大丈夫なんだよな?」


 ふと、エアライド家での歓待を最大限楽しんだノルドがエルムに問う。


「ん? まぁ余裕だよ。天使の鐘さえ突破すれば、むしろ天使の鐘が俺の無実を証明してくれるから」


 対策は既に充分。エルムは今回の厄介事をかなり気楽に受け止めていた。


「と言うか、最悪ダメでも全部ひっくり返して他国にでも逃げれば良いし?」


 そう。最終的にはどんな予想外があってもパワーでねじ伏せれる選択肢が取れるエルムは精神的にも無敵だった。


 絶対に失敗出来ないならば緊張もするだろうが、エルムは充分に対策を重ねたうえで、失敗しても自分の命は守れる自信がある。


「俺が今日エアライド邸に居たことは家令以外の使用人から漏れるだろうし、裁判に呼び出される日も遠くないだろうが…………」


 下半身伯爵としては勇者教を上手く使いたかったのだろうが、勇者教程度じゃエルムをどうにかするのは不可能だった。


 なのでもう、下半身伯爵はエルムを正々堂々と召喚して詰問するしか手が残ってない。そして口先だけで事態が進むと言うならそれはエルムの得意分野なのだ。


「ていうかさぁ、ヌルいんだよなぁ」


 エルムは遠くを見ながら、ため息を吐いてノルドに答える。


「どいつもこいつも、ヌル過ぎる。かつての王国はもっと殺伐として、やり手も多かったぜ? …………平和ボケし過ぎだろ」


 当時の王国は、魔王の脅威があったにも関わらずに利権を巡って元気に足の引っ張り合いまでしてたが、それでも魔王の脅威が迫る中でも生き延びた国の貴族である。


 その手管はエルムをして感心させる程に鋭く、下手を打てば六勇者とて無事では済まなかったような魑魅魍魎が蔓延る場所だった。


 それがどうした、今ではエルム一人で公爵も侯爵も伯爵も、手玉に取れるような腑抜けぞろい。エルムは正直なところガッカリしてる。


(俺は、こんな下らない世界を守るために死んだのか?)


 バカを煽るのは楽しいが、あまりにもバカ過ぎると子供をイジめてるようで少しだけ気が引けてくるエルムだった。それでも煽るのは止めないのだから筋金入りと言えるが、裏切られた経緯を思えば仕方ない事かも知れない。


 エルムは考える程に自分の前世が下らない物に思えて来て、どんどんテンションが下がっていく。


 もしこれがエルムに対する精神攻撃だったとしたら、バチクソに刺さっていると言えるだろう。


(そろそろ学校で学べる事も減って来たし、いっそ国を出ちまうか? あー、でもダンジョンの攻略はしてみたいんだよな。親友の残したイベントだし)


 結局、冒険者の資格は取ったが学校の教師役にもなって給料で暮らせているエルムは、ダンジョンアタックを殆どしなくなってしまった。


 だがダンジョンは元々、エルムの親友である魔王が残した世界規模のアトラクションなのだ。エルムとしても気になるのは当然の事。


(なんかもう、全部めんどくさくなってきたな)


 段々とテンションが下がっていき、対策もしたと言うのに裁判を根底からひっくり返してぶち壊したくなってるヤバい奴が生まれつつある。


 一つ確かなのは、どう転んでも下半身伯爵はもう生き残る術が無いと言うことか。恐らくはもう、訴えを取り下げて裁判を回避してもエルムからのヘイトは外れないと思われる。


「ノルドって、別にエアライドを継ぎたい訳じゃないんだよな?」


「え? まぁ、うん」


「じゃぁ、エアライド家が潰れても別に良いよな?」


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