待ち時間。



「ちなみに、俺の名前の花もあるぞ。ほれ」


 花の名前で少し盛り上がった一行は、そのまま進んで何事もなくエアライド邸までやってきた。


 まず出て来たのは家令であり、相変わらずの笑ったように見える無表情でエルムとの再会を喜ぶ家令に案内され、屋敷の応接間へと行く。


 下半身伯爵は現在、城に行ってるので不在。だから全対応を家令が行っていた。


 ぶっちゃけるとエアライド家で最も逆らってはならないのがこの家令であり、先代からエアライド家を支え続けたその敏腕は下半身伯爵でも容易には逆らえない。


 だから家令がエルムを歓待すると言えば、ほぼ誰も逆らえないのだ。


 にも関わらずエルムやその母が冷遇されたのはそれなりに理由があるのだが、一番の理由はやはり下半身伯爵が下半身だったが故だ。流石の家令も、貴族の血を残すという行為に強く反発出来る程の権限は無かったのだ。


 それすらにも口を出せるなら、もはや家令が当主と言っても過言では無く、流石にそれは認められないのだ。当主も下半身が下半身なだけで、能力が低いわけでも無いのだから。


「…………なんとも、言えない見た目だね。花ってのは全部、綺麗な物だと思ってたよ」


「まぁ、エルムの花は樹花だからなぁ」


 応接室で時間を潰すエルム達は、まだ花の名前で遊んでいた。


 自分の名前が付いた花が羨ましくて仕方ない双子が泣きそうになったと言うトラブルもあり、流石にポチやタマなんて名前の花が無くて困り果てたエルムは新種を自作する羽目になった。


 双子に相応しい花、と言われてエルムがすぐに思い付いたのはニリンソウ。一つの茎から白く小さな花を二輪咲かせるので、双子にピッタリだろうとベースに選んだ。


 原種が決まったなら後は樹法で無理やり品種を改良し、白い花弁をそれぞれ別の色で咲くように調整する。


 そうして完成したのは、中心から外に向かって赤と青にグラデーションする美しい双子の花だった。中心が白く、外に向かって一輪は赤、一輪は青に穏やかに変わる綺麗な花だ。


 名前は適当で、それっぽく『ポチタマクサ』と名付けた。


 その後にノルドから「他には名前に関する花葉無いのかい?」と聞かれ、エルムはエルムの花を見せたのだ。もちろん綺麗な花じゃないので反応は微妙だ。


「綺麗な花を咲かせる木って、実はそんなに多く無いからな。低木ならまだしも、木材に出来るほど大きいとやっぱ微妙な花が多いぞ」


 桜、梅、藤、探せば綺麗な花を咲かせる大樹は結構ある。しかしそうじゃない物の方が圧倒的に多いのもまた事実。


「あ、そういやアルテの名前もあるぞ。ほら、アルテミシア」


「…………これは、花なのかい?」


(まぁヨモギだしな。地味なのは仕方ない)


 アルテミシア。綺麗な名前とは裏腹に、キク科ヨモギ属の事だ。どちらかと言えば薬草なので、花を楽しむ用途にはあまり向かない。


「これは、レイブレイド嬢を口説くのには使えないだろうね」


「口説かねぇよ。…………て言うか家令っち遅くない?」


 応接室で待つエルムだが、クナウティアを送り届けたのでもう帰っても良い状態でまだ残ってるのは家令が歓待すると言うからである。帰ろうとするとクナウティアが全力で妨害してくるのも理由の一つではあるが、それでも帰ろうと思えば帰れる。


「どんだけ盛大な歓待するつもりなんだ?」


「さぁ? でもほら、今のエルムは陛下の覚えもめでたいだろ? その関係もあるんじゃないか?」


「…………あー、下半身伯爵なら知らなそうだけど、家令っちなら情報持ってそうだな。もしかしたら裁判の関係で身柄を抑えようって魂胆なのかと思ったが、杞憂だったか?」


 ちなみに、ザックスは既に仕事中である。エアライドの屋敷に入れたので色々と情報を集めまくっている事だろう。


「エルムはここかい?」


「あ、アベリアさんじゃん。ちーっす」


 そうして待っていると、応接室にアベリアがやって来た。


 少し息が上がってる様子で、恐らくはクナウティアを探し回っていたのだろうと思われる。どうやらクナウティアは誰にも内緒で抜け出したらしい。


「アベリアさん、他の奴は?」


「夫人達は社交さ。旦那様は城に行ったから、今ここに居るのは私と使用人達くらいだねぇ」


「なるほど。…………ガキ共は?」


「領地で留守番さ。クナはお前さんに会うんだって旦那様を脅は……、おねだりをして特別にね」


「そっか、脅迫おねだりね」


 エルムは少し考え、納得した。


 家令まで連れて王都に来てるのは違和感があったエルムだが、クナウティアの同行が元々予定された物じゃなかったのなら、その辺が何か関係してるのだろうと勝手に納得する。


 冷静に考えて、領地の屋敷に子供達を残したまま当主も夫人も家令も全員が居なくなるのは通常有り得ない。だが、それでもそうする理由が何かあったのだろう。


「アベリアさんは今回の王都入り、なにか聞いてる?」


「旦那様はあんたを捕まえるって息巻いてるけどねぇ?」


「ああ、ある程度は知ってる感じか」


 エルムはまた少し考える。今この屋敷には敵対者がほぼ居ないが、残念な事に仲間だと思える二人が敵の手下なのだ。


 家令もアベリアも下半身伯爵から命令される立場であり、場合によっては簡単に敵対する。


「…………うーん、面倒だな。もういっその事、エアライド潰しとくか?」


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