勇者の定義。



「エルム、君は…………」


「──概念魔法」


「……え?」


 思わず、エルムに正解を聞こうとしてしまったノルドにエルムが短く答えた。


「概念魔法。過去に勇者と呼ばれた者達が例外無く使えたとされる魔法の極地。道程は遠いぞ?」


 そこでノルドは気が付いた。


 エルムは自分がある程度察してる事に気付いてる。その上で、言外に察しろと言ってる。


 特に隠してはないのだろう。だが喧伝するつもりもなく、気が付いたならそれはそれで良いと考え、そしてそのまま飲み込んでおけとエルムは言ってるのだ。


「…………概念魔法?」


「そう。勇者が勇者と呼ばれる前に、その領域に居た魔法使いが例外無く辿り着いた魔法の深淵だよ。当時は、その領域に居た魔法使いを『魔を導く者』、魔導師と呼んだ」


 完全に話へついていけてない周りをそのまま置き去りにして、エルムはノルドに少しだけ失われた歴史を伝えた。


 その様子を幼女達は仲良くワチャワチャと遊びながら眺めている。


「魔導師…………」


「魔法を磨くんじゃなく、系統を磨くんだ。魔法ってのは系統魔力を効率良く結果に変える術でしかなく、系統魔力ってのは存在その物が既に魔法なんだよ」


 誰もが己の血に宿す魔法の系統。燐法ならば火に、扇法なら風に、それぞれ強い干渉力を最初から持ってる魔力故に、魔法使いは系統を大事にする。


 魔力はあくまで魔力でしかなく、扇法の系統を宿す魔力だろうと燐法も泓法も使える。どんな魔法にだって利用できる。だが扇法系統は扇法に使うのが一番効率が良い。


 それはつまり、魔力へ既に『特定の系統を使い易くする魔法』が組み込まれてるとも言える。


「ちょっと話し過ぎたか。…………まぁ楽しみにしてるぜ? ノルドがそこに到れるかどうか」


「…………エルムは、使えるのかい?」


 答えず、しかしエルムは指を一本だけ立ててを使った。


狭域きょういき展開、生命樹セフィロト


 ノルドは目を疑った。


 それは有り得ない現象だったから。


「指が、木に…………?」


「解除」


 ほんの一瞬だけ見せられた御業。それはエルムの立てた人差し指が樹木に変化し、にゅるっと小さい枝が生えた『生命体の樹化現象』だった。


「…………それはっ」


「生命と植物を分かつ定義をぶっ壊す魔法だ。…………まぁ、失敗すると木から戻れなくて死ぬから、挑む時点で相当なアホだわな」


 ニシシと笑うエルムに、ノルドは背筋が凍る。


 もう確信した。エルムはプリムラである。三百年前に居た伝説の魔法使いである。


 未だに周囲は「エルムがなんか凄い魔法を見せた」くらいにしか思っておらず、エルムが何者かを疑ってるビンズは少し惜しい所まで思考を伸ばしてるが、ノルドと違って前提が足りずに答えには辿り着けない。


 そんな中でノルドだけは、その魔法が持つ歴史的な価値や夥しい程に積まれた研鑽を感じ、ただ絶句する。


 失敗したら木になって死ぬ。そんな魔法に挑んだ者を魔導師と言うならば、過去に魔導師へ至った者を勇者と読んだのならば、自分が憧れる風の勇者とはどんな領域に居たのか。


 それを見せ付けられて心が折れそうになる。


「…………ちなみに、ルスリア様はどんな魔法を?」


「んー、それまで答えるのはちょっと教え過ぎかな。まぁ、でも、概念魔法は人によって答えが違うから」


 訳が分からなかった。


 ノルドにとって、魔法とは正しい手順で発動すれば誰でも同じ効果を望める技術であり学問だと思ってる。なのに人によって答えが変わる魔法なんて、いったい何を学べば良いのか。


 ゴールを見せられたのに、そこに至る道を爆破されて通れなくなったような理不尽を感じるノルドに、エルムは相変わらずニシシと笑うだけだった。


「…………またエルムがなんか凄い事してる」


「ところで、俺ってなんでここに居るの? 呼ばれたから来たのにお前らずっと訳分からん事ばっか言ってて困るんだけど」


 まだ拗ねてるドルトロイと、エムルの美術すら知らずに呼ばれて戸惑い続けてるガレッグが口を開いた。


「そういや、お前らなんで集まってたん? クナのお世話?」


「んな訳あるか! いやクナウティアちゃんめっちゃ可愛いけどさ」


「なんかさー、みんながエルムの魔法凄かったーって言う話し合いに呼ばれたんだけど、俺それ見てないからなんも分かんねぇんだよ。助けてくれエルム」


「あー、秘術の事か。ガレッグは型法だったか? なら簡易版で良けりゃ一番簡単に使えんのお前だし、だから呼ばれたんじゃね?」


「「「「えっ、そうなのッ!?」」」」


 そんな事は誰も知らないのに、また新情報をぶち込んでくるエルムに全員が驚く。


 実際、大爆発エクスプロージョンを一番簡単に使えるのは型法である。エルムは系統が樹法だから無煙火薬を生成する方が楽だったのであり、黒色火薬で良いなら型法が一番楽なのは事実だった。


 黒色火薬は木炭、硫黄、硝石の混合剤であるが、爆発に必要なのは硝石に含まれる窒素と酸素、そして炭素と硫黄。


 なので木炭を石炭グラファイトに置き換えても理論上は爆発するのだ。もちろん成分調整は必要だが、石炭も硝石も硫黄も全て型法にて生成可能。ならばそこに燐法か霆法でほんの少し火花を浴びせれば爆発する。


 そんな説明をするエルムだが、やはり原子論が分からない者には上手く伝わらず、ガレッグは半分も理解出来ない。


「…………エルム、扇法にはそう言う秘術は無いのかい?」


 少し羨ましくなったノルドが聞いてみると、エルムはまた人差し指を一本だけ立てて魔法を使う。


 パンッ、と乾いた音が食堂に響き、何事かと視線を集める。見ていたノルドもなにが起きたのか良く分からなかった。


 エルムの指先が光ったと思ったら、乾いた音だけが響いたのだ。


「今のは爆鳴気っつう物で、扇法と霆法を使うと出来るぞ。大規模に使うと相手の耳と目を潰せるから、殺傷能力はほぼゼロだがかなり強い」


 空気中の水分を霆法でんきで分解して取り出した水素と酸素を扇法で調整して着火するだけの魔法。だが強い光と音がするので、目の前で炸裂されると簡単なスタングレネード代わりに使える。


「まぁこれも型法の方が簡単に強いの使えるんだけど」


「型法ズルくないかッ!? ガレッグてめぇ俺と系統を交換しろよ!」


「無茶言うな!」


 型法ならばマグネシウムを集めて火をつけるだけで相手の視界を潰せるので、やっぱりほぼ単一で使えるのだった。


「お前ら、良く俺に『樹法ずるくね?』って言うけど、ぶっちゃけ知識さえあればどんな系統でも似たような事は出来るんだぜ」


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