血筋。



「おいノルド、状況を教えてくれ」


「ごめん、僕にも分からないんだ」


「使えねぇ!」


 食堂の椅子に座り、膝に幼女三人を乗せて抱き着かれてるエルム。


「おにぃちゃ、あーん……!」


「タマも、あーん……」


「ん!」


 全員にスモアを差し出されて、順に食べるエルム。控え目に言って幼女が無敵過ぎた。


「えと、クナ? どうして居るんだ?」


「きた!」


「そっかぁ、来ちゃったかぁ」


 幼い子に理路整然と説明しろと言う方が無理な話で、エルムは頭を抱えた。


 エアライド領に居るはずの妹が、何故か王都に居る。それだけでも良く分からないのに、更に魔法学校の寮にまで訪ねてきた。にも関わらず理由が分からないのだ。


(くそっ、ザックス残しときゃ良かった!)


 勇者教が動いているなら、そう遠くないうちに裁判沙汰に巻き込まれる。そうと分かっててもエルムには妹の方が重要だった。


 そも、今回の件は報復の際にきっちりと対策を打ってあるために情報収集など保険に過ぎず、今のエルムに必要な情報と言えば『なぜクナウティアがここに居るか』である。


「クナ、クナ、お兄ちゃんに教えてえれ。アベリアさんはどこに居るんだ?」


「おかぁしゃま? おとぅしゃまといっしょ!」


「なるほど」


 いくつか質問を重ね、エルムは少しだけ事情を把握した。


「下半身も王都に来てんのか。まぁそりゃそうか」


「つまり、どう言う事だい? なぜ父上が王都に?」


 エルムやばくねの会はそのまま残って幼女に対応してた為にそのまま居る。ノルドも横でクナウティアの言葉を聞いて居たので、当然の疑問をエルムに投げる。


「いや、なんか変わり果てた長男ちゃんが見付かったらしくてな。その容疑者の筆頭として俺が挙がってるんだとさ。下半伯爵身が王都に来てんのも、俺を訴える為じゃねぇかな。…………あと正式にノルドを嫡子にする手続きとか」


「ふーん、そうなのか。………………いや待てなんだってッ!?」


 嫡子になりたくないノルドにとって寝耳に水だった。テーブルに座らずにわざわざ床でポチを抱えていたノルドはエルムを二度見する。


「冗談じゃ無いぞ!? まだ卒業は先なのに!」


「ん? なんだ、次期当主の座は要らないのか?」


「要らないよ! 僕は騎士になりたくて学校に来たのに、今更ここを辞めて領主教育なんて受けてられるか!」


 ノルドはシャウトした。エルムの事が無かったとしても、下半身伯爵が盛大に厄介事の種を撒きまくってるエアライド家の当主なんて継ぐより、騎士になってそこそこの生活をする方がずっと楽で良い生活が出来ると確信してるから。


 忘れた頃に先代の隠し子がワラワラとダース単位で出て来そうな家など、ノルドは絶対に継ぎたくない。


「え、エルムっ! なんとかならないか!? 僕は今更ここで学んだ魔法を手放したく無い!」


「そんなに心配か? 別に当主になったからって魔法を使うなって法は無いだろ。一応、エアライドは扇法の名門ではあるんだし」


 そう。実はエアライド家、優秀な扇法の使い手を排出してきた名門でもあった。特に武門と言う訳でも無いのだが、扇法の血が濃く、ノルドはもちろんエルムも扇法を発現しているし、家族の八割は扇法である。


 クナウティアも調べれば恐らくは扇法の系統だろうと思われる。そのくらいには風の血が濃い。


 エルムが調べたところ、どうやら三百年の間に風の勇者の血筋も入ってるらしく、今のエルムの体にはプリムラ時代に愛した風の勇者ルスリアの血統が混じってるのだ。


 当時、その情報を見付けた時はかなり複雑な気持ちになったエルムだが、もっと深く調べると過去の勇者と関わりのあった貴族家はだいたい誰かしらの血が入ってそうだと知って仕方ないと割り切ったのだ。


 三百年である。二十から三十代くらいで世代交代するとしても、コンスタントに血を繋いで十五代は変わってる計算になる。


 それだけの時間があれば、平均で三人は子供を産む貴族がどこかしらの家に嫁や婿として出され、そうやって血縁が広がるのは仕方ない事だった。


 何より勇者の血筋とは政治的にも少なくない影響があるのだから、方々に外交カードとして切られるのも想像にかたくない。


「父上のばら蒔いた種の処理に忙殺されて絶対に魔法を研鑽する暇なんて無いじゃないか! 絶対に嫌だ! 僕は魔法が好きなんだ!」


「………………ほぅ」


 ノルドは意図せずエルムの好感度を稼いだ。エルムは魔法に真摯であり、貴族家の当主にやるより魔法を磨きたいと言うノルドに少なくない敬意を感じる。


「なんだ、ノルドは次男だから仕方なく魔法を学んでると思ってたわ」


「確かにその側面があるのは否定しないよ。でも僕は、父上の件が無かったとしても、当主の座より魔法を取るさ」


「そんなに魔法が好きだったとは知らなかったわ。…………誰か憧れの魔法使いとか居るのか?」


 何となく聞いたエルムだが、そこで更にノルドはエルムの琴線に触れる。


「そりゃもちろん、風の勇者ルスリア様だよ。余り逸話が多くない方だけど、実戦に於いてその風は一騎当千だったとされてる。扇法使いが憧れるのは当然だろ?」


 風の勇者ルスリア。エアライド家にも薄らと血が入ってる事を思えば、ノルドの憧れも当然なのかも知れない。


 しかし、エルムにとってその名はかなり特別な物で、ルスリアに憧れてると言い切ったノルドに対して見る目がハッキリと変わるエルム。


「…………だったら、剣じゃなくて弓もやった方が良いぞ。ルスリア・ウィングハートは弓の名手だ。風刃より風纏ふうてんの魔法を磨いた方が良い」


 エルムは過去を思い出し、苦笑いと共に言い切った。


 その様子に、内心でハッとするノルド。つい先程、エルムとプリムラを結び付けて考えたところにこの反応だ。察するに余りある表情である事に、エルムは気付いてないのだろう。


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