三幼女、一人は男。



 復路でも同じ串焼きを十本ほど買ったエルムは、人を六人も殺めたにしては平常過ぎるメンタルで寮まで帰ろうとするさなか。


 事情を聴きながら自身と並んで串焼きを食べるエルムに、暗殺者であるザックスは頼もしさを感じる。


 やはり荒事に携わるならば横に居る者は冷徹な方が良い。情に流されやすい者はかくも扱いにくい事をザックスは良く知っている。


「それで、状況は?」


 絶妙に美味い串焼きをむっちゃむっちゃ食べるエルムが、ザックスへ一本勧めながら先を促す。


「お前の親父が────」


親父な。そこ間違えんな」


 出鼻をくじく様な注意が飛ぶが、エルムにとってもそこは重要なので譲れない。


「…………悪かった。で、元親父が息子の死体を見付けたらしくてな。それで殺された状況などを鑑みた結果、犯人はお前に違いないと行動し始めてるらしい」


「ほーん。随分と遅かったなぁ〜」


 その物言いに、犯人は本当にコイツなのだとザックスも察した。


「大丈夫なのか? 勇者教が抑えてる天使の鐘を持ち出すつもりらしいぞ?」


「ああ、大丈夫ダイジョブ。その対策はとっくに仕込んでるから」


 エルムは過去に仕込んだ鐘対策を思い出す。余程に用意周到なハメ技でも喰らわない限り、天使の鐘付き裁判を受けてもエルムは誤魔化せる自信があった。


 天使の鐘とは、本来なら加害者と被害者の双方に使ってこそ完璧な力を発揮するアイテムである。


 まず被害者に「加害者からこんな事をされた」と証言させ、真実か否かを鐘で確かめる。鐘が鳴らなければ真実であり、そしてそれを加害者にも「被害者の証言は真実か」と問い、答えさせる。


 こうすることで双方から嘘の無い証言を集める事で真価を発揮する。でなければ、『嘘を判別する』だけのアイテムなんて言い回し一つでいくらでも回避可能だからだ。


 エルムは当然、一人も逃がしてない。確実に全員殺してる。しかし「お前は被害者を殺したか?」と聞かれて「殺してません」と返しても嘘にならない対策もバッチリだった。


 被害者側の意見を完全に封殺出来る状況に於いて、今の自分を天使の鐘で検挙するのは、ほぼ不可能だとエルムは判断してる。それゆえの自信である。


「そうか。考えがあるなら良い。なら俺はお前が不利になりそうな情報を探しつつ、それを潰して回る事にしよう。…………それと、これを渡しておく」


「ん?」


 大して指示もなく勝手に動いてくれる諜報員の、なんとありがたいことか。エルムはしみじみそう感じつつも、ザックスから受け取った麻袋を覗いて思考が止まる。


「…………なにこれ?」


「膠と卵だ」


「品物は聞いてねぇよ。俺にコレを渡した意図を聞いてんだよボケ」


 騒動に関する情報や、それに連なる何かを渡されると思ってたエルムはマジで意味が分からないとザックスを見た。


「ふむ。ポチとタマは、お前が作る『ましゅまろ』なる菓子を好んでるのだろう? その材料だ」


「お前、もしかして後手に回った理由これか?」


 エルムは途端に不安を感じた。コイツに背中を任せて大丈夫かと。


 本来ならこう言う事に対して先制出来るように雇ってるのに、双子へのお土産を選んでて後手に回ったと言うなら流石に看過できない。


「お前ならあの程度の暗部など容易く蹴散らすだろうと思ってたので、安心して買い物出来たぞ。膠も最初から料理に使える程の高級品だし、卵も王家からの覚えもめでたい農家から仕入れてきた。お前がやってる処理も施して置いたぞ」


「ほんっとお前、良い性格してるよな」


「ふっ、そんなに褒めるな」


「褒めてねぇんだよなぁ」


 依頼人が万夫不当の傑物だと仕事が楽だと笑うザックスに、呆れた顔しか返せないエルム。ここまで割り切ってると煽る事も出来なかった。


 学校の寮まであと少しと言うところで、ザックスは次の仕事に向かうと人混みに消えていく。その際、気配がしっかりと一般人レベルに落とされて民衆に紛れたのを感じたエルムは、勇者教の暗部よりも優秀な諜報員なのだと理解して切れるに切れなくなった。


「まぁ、腕は良さそうだしなぁ」


 エルムは受け取った材料を使って歩きながら調理する。魔法を駆使すればそんな乱暴な作業も可能となる。


 ベースから木製のボールやヘラを生み出したら泓法で水を生み出し、燐法で水を温めて膠を溶かしてゼラチンにする。それと別のボールに卵を割って卵黄と卵白を分離。


「クッキーも作るか」


 ポケットから木版を何枚か取り出して食材に変える。砂糖と小麦粉、チョコレートなどを物理的な調理と魔法による変化を組み合わせてあっという間に仕上げる。


 歩きながらの菓子作りなんて異常な光景は、当たり前だが相当目立つ。その上、作業を始めたエルムの周りにはクッキーか焼ける甘い匂いが漂って更に目立つ。


 寮の食堂を目指す道すがら、唐突に飯テロを食らった生徒は辛い思いをした。特に体型を気にする女子生徒は歩き去るエルムを涙目で睨んだ。


 扇法で真空層を作って熱伝導を遮断した真空オーブンで焼き上げたクッキーに、仌法で冷やしたマシュマロとチョコ。食堂に辿り着く頃には立派なスモアセットが完成してた。


 それを生成したコットンから編んだ袋に詰めたら、エルムは食堂に双子は居ないかと見渡す。


「ぉにぃちゃぁぁぁああああああッッ!」


「んぎっ────!?」


 すると、横合いから腹にズドンっと誰かに激突され、エルムは諸共ぶっ倒れた。


「はっ、え!? クナ!?」


「おにいちゃおにいちゃおにいちゃおにいちゃおにいちゃぁぁぁあ!」


「にぃちゃっ!」


「んっ!」


 倒れるエルムに、追加で双子も飛び掛った。普段のエルムならそもそも突撃なんて喰らわないが、クナウティアは本能レベルで警戒対象から外れて居たために気配を読めなかったのだ。


「タマ、ポチ? 待って、何がなんだか…………」


 幼女三人から突然にタックルをされたエルムは、珍しく目を白黒させて歳相応の反応を見せる。その様子に、「ぷ、プランターを倒したぞあの幼女……!?」と一部から戦慄されるクナウティア。


 きな臭い周囲の動きにも関わらず、エルムの周りは今日も平和だった。


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