厄介事。



「…………そろそろ、出て来たらどうだ?」


 珍しく王都を一人で散策し、屋台で買った串焼きを齧りながら裏路地へ来たエルム。


 その間ずっと感じてた気配に声をかけると、物陰から三人組の男が出て来た。


「へっへっへ、坊主。有り金置いて────」


「いやお前らじゃねぇよ失せろ」


 エルムは呼び付けた存在とは全く関係ないゴロツキが出て来て浅くキレた。すぐに扇法を強めに使って三人組のゴロツキをぶっ飛ばして裏路地の先へ消した。


「…………何故気づいた?」


 そして一拍の後、今度こそ目的の人物が少し離れた目の前にふわっと姿を現し、エルムも少し安堵した。


 全く関係無いカツアゲ目的のゴロツキが絶妙なタイミングで現れたので、お互いにちょっと気まずいのだった。もしこのまま逃げられたらと思ったエルムは、ちゃんと出て来てくれた事に若干の感謝をした。


「何故って言われたら、そりゃまぁ『気配消し過ぎ』としか言えねぇかな。人混みで尾行するときゃ気配を少し残せ。不自然に何も感じない空間が人混みの中にあったら目立つだろ」


「………………なるほど。ただの子供では無いのは理解した」


「それと、まだ居るだろ? 一人だけ囮に出してお茶を濁しても意味ないぞ」


「……人混みをそれても結局は気配の有無が関係ないでは無いか」


 エルムの声で更にゾロゾロと、白っぽい服の人間達が姿を現す。


 狭い路地の前と後ろに三人ずつ。退路は絶たれての挟撃であり、数的有利も相手にある状況。


「で、どちらさん?」


 思ったより美味いなコレと串焼きを齧りながら、現れた白衣達に誰何すいかするエルム。


「我々は勇者教の者だ。君には伯爵家子息を殺害した嫌疑が掛かってる」


 勇者教。魔王を倒し世界に平和を齎した英雄達を崇める宗教であり、同時に司法に強い権限を有する組織である。


 神ではなく英霊を祀る関係上、その教義は平和を維持する内容に傾倒し、いわゆる聖騎士と呼ばれる人材を多く抱えた警察機関のような側面を持つ。


 もちろん国の法で裁くならば国の権限でもって行われるが、勇者教は教義によって犯罪を取り締まって罪人を司法に引き渡すような活動をしてる為、組織その物の大きさも相まって実質的な権力が発生してる。


「無駄な抵抗はせず、我々に同行して欲しい」


 そう言われたエルムは、不思議そうな顔をしてる首を傾げる。


(伯爵家の子息……? なんの事だ?)


 なんの事もなにも、該当するのはエアライド家の長男しか居ないのだが、エルムはかなり真面目に存在を忘れてる。


(…………え、マジでなんの事だ?)


 エルムは真剣に忘れてる。本当に忘れている。


「すまんが、身に覚えが無いから拒否する」


 そして拒否した。と言ってもエルムならば身に覚えがあっても拒否したかもしれないが。


「拒否、出来ると思っているのか……?」


「逆に聞くけど、出来ないと思ってるのか? たかだか六人程度で?」


 エルムは軽く答えた。寮や孤児院に訪ねて来ることをせず、移動中も往来では接触ぜず、こうやって人気の無いところで声をかけたら簡単に出て来た。


 つまりはそういう事。まだ証拠も固まって無い段階で罪人を捕まえ、させてから兵士に引き渡す。そうやって権力基盤を確保して来た組織なのだろうと、エルムは当たりをつけている。


 要するに正規の手段では無いのだ。大義があるなら人目があっても接触してくれば良かった。それをしない時点でお察しだと、エルムが強気な理由はそこにある。


「まぁいいや。御託は良いからさっさと来い、暇潰しにしてやるから」


 腰のハルニレを抜くエルム。本当なら武器を抜いたこの時点で取り締まる大義名分としたいのだろうが、しかしエルムの武器は木刀である。


「…………ちっ、やれ」


 強硬手段に出ようとする勇者教だが、エルムは特に何もせず串焼きの残りを齧って咀嚼してる。


「────なっ」


「足がッ!?」


 何故なら、既に処置は終わっていたから。


「すまん、後手に回った」


「ああ、別に良いよ。で、コイツら何?」


 そこにまたふわっと現れたザックスが、エルムの背後に立った。勇者教の人間はその足元をザックスの型法によって固められている。


「どうやら、お前の実家? の奴が何やら騒いでるらしいぞ」


「……………………あぁ! 伯爵の子息って長男ちゃんのことか!」


 ザックスから貰った情報でやっと思い出したエルムは、ポンと手を叩きながら手に持った串を地面に落とす。


「んじゃ、コイツらもう要らんよな。…………樹葬じゅそう


 地面に落ちた串はそのまま地に刺さり、根を張り、あっという間に拘束された六人を足元から飲み込む大樹となる。


 悲鳴をあげる暇すらもなく、六人はあっという間に地面の中へと引きずり込まれて消え去った。


「………………随分と恐ろしい魔法を使うな」


「そうか? 実力さえ伴ってれば簡単に抜け出せる魔法なんだがな」


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