来訪。



「…………エルムってさ、ヤバくない?」


 寮の食堂にて、ノルド、ドルトロイ、ビンズ、ハルニース、そして何故かなにも知らないガレッグが同じテーブで顔を突き合わせていた。


「ふむ? 今更かい?」


 ドルトロイに問われたノルドは、コイツらは今更なにを言ってるんだろうと不思議そうな顔をしてる。


 ノルドからすると、ドルトロイの発言は「空ってさ、青いよね」や、「塩ってさ、しょっぱいよね」と言ってるに等しい物だった。


 エルムがヤバい。そんなのはとっくに分かり切ってる事である。もはや確認するまでもない。


「いや、違くてさ──……」


 ドルトロイはイマイチ理解を得られてない事を察して大爆発エクスプロージョンの事を伝えるが、それでもノルドの表情が変わる事は無かった。


「エルムの魔法が既に埒外らちがいにあるのは明々白々だろう? もしかして旅の間ずっと見てても分からなかったのかい?」


 双子の親を完全洗脳して見せたり、魔法の最高学府たる王立魔法ですら教わらない鍛錬法を知ってたり、旅程の全てでサーヴァントを維持し続けたり、軽く思い付くだけでも枚挙まいきょまいきょが無い。


「ノルドラン・エアライド。一つ教えて欲しいのだが、彼は本当に君の弟かい?」


「自分でも疑わしく思うけどね。間違いなくエルムはエアライド家で生まれた。他国の間者が成りすましてる訳じゃないよ」


 ビンズに問われたノルドは苦笑しながら答えた。短い問いだったが、その意味は理解出来たから。


 そう、普通なら有り得ないのだ。


 今更だが、現在のエアライド家で最も魔法を上手く使えるのはノルドである。そのノルドすら到達出来ない位置に居るエルムは、いったい誰に魔法を教わったのか。


 状況的には我流しか無いが、それにしてはエルムの魔法は理路整然としている。才能に胡座あぐらをかいた力任せの魔法なんて一つも無く、全てが研鑽の果てに辿りついたのだと思える何かがそこにある。


 その魔法はいつ、どこで、どうやって身に付けたのか。あからさまに怪しいのはノルドにだって分かってる。


 だが、仮にエルムが他国の間者だったとして、ならばエルムの母を虐げて死に追いやった事に対する彼の恨みはどこから来るのか。それすらも演技だと言うには、余りにも生々しい敵意が潜んでる。


「僕はね、もうエルムは過去にいた高名な魔法使いが生まれ変わったんじゃないかと思ってるよ。そのくらい荒唐無稽な方がしっくりくる」


「いやいや、そんなバカな」


 くつくつと笑いながらそう言ったノルドは、意図せず大正解を蹴り抜いていた。余りのパワーシュートでゴールネットはぶち抜いて答えが彼方に消えてしまったが。


 有り得ないと笑い流すドルトロイを見て、しかしノルドは一つの確信を持ってた。


(仮に、エルムが本当に生まれ変わりなのだとしたら…………)


 その偉人とは、恐らくプリムラ・フラワーロードだろう。ノルドはエルムが見せた恐ろしい殺気を思い出して考える。


 最初にエルムへ絡んだビンズの弟、ロット・ブレイヴフィール。その家名を伝えた時にエルムが見せた表情と、恐ろしい程に粘ついた殺意。


 樹法に関連し、ブレイヴフィールに恨みを持つ過去の偉人など、ノルドは魔女プリムラしか記憶に無い。


(そう言えばエルム、家では歴史書を凄い顔して読んでたもんな)


 ただ腑に落ちない事もある。仮にエルムが魔女プリムラだとして、伝承の通りに悪辣な存在だった場合にエルムの性格がしっくり来ないのだ。


 ノルドから見てもエルムは控えめに言って凄惨な性格をしてる。だが妹を可愛がって花を送ったり、課外授業でもなんだかんだ言って全員分の食事を面倒見たり、色々と優しい面も垣間見える。


 あれが本当に勇者を裏切った魔女プリムラなのか? 噛み合うようで噛み合わない、小石の挟まった歯車みたいな違和感を覚えるノルド。


 実際、ノルドの疑問は凄く正しい。


 何故なら伝承のプリムラ・フラワーロードは裏切りに関する逸話こそ捏造だが、それ以外の悪行は半分以上実話なのだ。


 ただ、仕方ない場合やそもそもプリムラが悪くないパターンも多かった事情も、全てが悪辣の魔女に相応しい逸話に変換されてるだけ。その内容は「あ、エルムならやりそう……」と思える行動ばかりなのだ。


 善悪に関する肝心な部分だけイジられた歴史を学んだノルドからすると、「エルムならやりそう」な事件の根本にある捏造が違和感になるのだ。


 やられたらやり返す。確実に相手を後悔させる。その行為に疑いは無いが、しかし本当にエルムなのだとしたら、その根本にはエルムがそう動いた理由がありそう。無意識にそれを感じれたノルドは、もうエルムソムリエを自称しても良いかもしれない。


「と言うか、何か不満なのかい? 秘術を見せてもらったのに、まさか文句も無いだろう?」


「いやまぁ、そうなんだけどさ……」


 秘術とは本来、そう称される通りに秘される物だ。普通は第三者になんかそう簡単には見せないし、術の解説なんてもってのほか。


 それの有り得ない解説付きで秘術を披露してもらったなら、文句を言うのはお門違いである。


 ただ、エルムにとっては『その程度の秘術なら人に見せても何ら痛手では無い』と判断しただろう事をノルドは予測し、同時に背筋が凍る。


 聞いた話では初級魔法程度の消費で大魔法に匹敵する破壊を生み出したとか。そんな埒外の魔法がでしか無いことが、エルムの価値を飛躍的に大きく見せる。


 だが、同時に凄まじい可能性を感じる。


(本当にエルムが魔女プリムラだったなら、その知識が手に入る機会なんて────)


「────ん?」


 そこまで考えたノルドは、ふと視界に見慣れた人物を、そしてここに居るはずが無い人物を認識して思考が止まる。


 視線の先、食堂の入口付近にはポチとタマが居て、その場にはエルムが居ない。一緒に居ないなんて珍しいと思いつつも、重要なのはそこじゃない。


「く、クナウティア?」


「あ、のるどにいちゃ!」


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