本物の秘術。



 孤児への教導をドルトロイへに任せていてたエルムだが、ある日「ま、炎に関してだけはエルムより凄いからな!」と自信満々に言ってのけた彼に、エルムの悪い癖が出てしまった。


「いや、別にそんな事ないぞ?」


「……は?」


 これはドルトロイの言い方が悪かった。


 もし彼が「燐法は俺の方が凄い」と口にしたなら、エルムは特に反論する事はなかっただろう。だが「炎に関して」と口にした。


「んー、まぁ良いか。ドルトロイ、ガキ共の世話を任せてる礼に、って奴を一つ、見せてやるよ」


 そう言ってドルトロイをダンジョンまで連れ出すエルム。当然ながら孤児院での授業はいったんお休みになる。


 エルムが秘術とまで言う技術に、流石のビンズとハルニースも気になって付いてきた。


「良いかドルトロイ。お前は燐法が炎の全てだと思ってるかもしれないが、物理現象ってのはそんなに底が浅いもんじゃ無いんだぜ」


「…………え、いや、燐法以外で何するってんだよ。流石に樹法で真似するのは無理だろ?」


「まず、その思い込みがダメ。魔法ってのはお前が考えるよりもっと深くて自由なんだぜ」


 エルムの悪癖の一つ。人を煽る事が第一にあるが、他にも『魔法に全力』と言う側面もある。


 なにせ、プリムラとして生まれてから勇者になるまで、ただひたすらに魔法を鍛え上げた本物なのだ。才能だけでは辿り着けなかった領域に至った元勇者は、ドルトロイにこびりついた邪魔な固定概念が気になって仕方なかった。


 本人にしては珍しく、本当に珍しく混じりっけのない善意である。


「今からお前に見せるのは、樹法を主に使う合成秘術だ。他の系統もいくつか混ぜるが、燐法だけは使わない。…………見てろよ?」


 そう宣言したエルムは、双子を含めた見学者五人を背後に置いたまま、ダンジョンの一層で人気の無い場所に見付けたハグレのゴブリンに向かって手を伸ばし、触媒となる種を一粒飛ばした後に一言呟く。


大爆発エクスプロージョン


 エルムが気負いなく宣言した瞬間、轟音と赤い閃光が弾けて大爆発が起きた。


「……………………なっ、はぁぁぁぁあッ!?」


「まっ、え? 今、何をした?」


 ドルトロイは全く意味が分からない術理によって引き起こされた大爆発に叫び、ビンズはひたすら困惑し、ハルニースは絶句して何も言えない。


 双子だけは相変わらず「お兄ちゃんがなにか凄いことした!」とキラキラの視線を向けるが、とうのエルムは涼しい顔だ。


 爆心地に居たゴブリンは当然ながら跡形もなく消し飛んでいて、そこそこ距離があったにも関わらず全員がまぁまぁ埃に汚れる程度には激しい爆発だった。


「今の魔法、実はそんなに魔力使ってねぇ。お前がちょっと強めに使う初級魔法くらいの消費だぜ」


「いや嘘だろ!?」


 この中で最も燐法に明るいドルトロイをして、全く理解出来ない魔法だった。


 それもそのはず、エルムは宣言通りに燐法なんて使ってないのだから。


 エルムが行った魔法は至極単純。樹法をベースに触媒の種を発芽させ、そこから有効物質をいくつか生成して爆発させただけの単純な魔法。


 ただその生成した物質が地球の科学に基づく『無煙火薬』だっただけだ。


 地球で重宝される武装の殆どに使われる無煙火薬。それは実のところ、樹法で生成可能なのだ。


 まず植物性の繊維であるセルロース。これをニトロ化すればニトロセルロースが手に入る。


 次にグリセリン。大半は動物性の油脂から生成されるが大豆油等でも作れるので、それをニトロ化すればニトログリセリンが得られる。


 最後にグアニジン。植物を完全に焼却して灰にして、そこからカルシウム類を作ってから窒素と化合させてニトロ化すればニトログアニジンが生まれる。


 生成物の焼却も別に燐法が必須な訳じゃない。エルムは扇法も持ってるので大気を圧縮して断熱圧縮効果で素材を高温高圧で一気に焼けるし、窒素と化合させるのも大気を操れる扇法を利用した。


 ニトロセルロース。ニトログリセリン。ニトログアニジン。この三つを基材にして作られるのが無煙火薬である。


 そして物が出来てしまえば、あとは霆法によって静電気並の火花でもバチッとしてやれば起爆出来る。


 物質の生成には様々な系統を混ぜ込んだ超難易度術式ではあるが、要は火薬さえ作れれば良いので燐法を使わなくても炎は作れるのだ。


「とまぁ、色々と属性を複合させた訳だが、理論さえ整ってれば系統を超えた効果だって生み出せるんだよ」


 説明されても半分も理解出来ないドルトロイだが、ただエルムがとんでもない事をした事だけは理解した。


 エムルも少ない生成量で威力を出したかったから無煙火薬なんて選んだが、黒色火薬程度で良いならもっと簡単に使える魔法でもある。


 ただその場合、閉鎖空間であるダンジョンの一層は白煙にまみれて大変なことになっただろうが。


「………………え? 待って、なんで俺あの子たちに燐法教えてるの? もうお前が全部教えれば良くね?」


「いやそうもいかんだろ。燐法持ちの子に樹法教えてどうすんだよ」


 エルムは正論を口にするが、そうじゃない。


 魔法の可能性は無限だぞと教えたかったエルムと、総合的な技術が高過ぎて自分の価値を見出せなくなったドルトロイの思考はすれ違う一方だ。


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