末路。
ポチとタマの叔父、名前をザックスと言うらしい男を案内して、エルムは奴隷商に来ていた。
「ほら、コイツだろ?」
「ああ、間違いない」
店主に言って案内させた檻の中に、心をベッキベキにへし折られた双子の実父、ルボルーヤが居た。
「説明した通り、遊んだら壊れちゃったんだよね。復讐したかっただろうに、悪いね」
「いや、聞いた限りではお前の
軽く謝るエルムにザックスは首を横に振る。そして「それに……」と思わせぶりな言葉を吐いたあと、何やら道具を取り出して作業を始める。
「どうせこうすれば……」
ザックスは変装に使う道具を一式使うと、その場であっという間に変身する。魔法は一切使ってないのに、魔法としか言いようが無い完璧な変装だ。
「…………あなた、大丈夫?」
ザックスは声まで変えて檻の中に呼び掛けた。その顔はさっきまでの凛々しい顔は欠片もなく、代わりに目尻が下がった優しそうな女性の顔になっている。
「………………リュカ?」
声に反応して、叩き折られた精神が回復したルボルーヤを見たエルム。その時点で色々と察した。
(ああ、これが双子の母親なんだな)
完璧に化けて見せたのだろう。ルボルーヤは変装したザックスを見て信じられないものを見たと目を見開く。その瞳にはエルムも双子も写ってない。
いったい何をするつもりか。疑問を感じたエルムだが、その答えはすぐに分かった。
優しく微笑んでたザックスは突然鬼の形相に変わり、双子の母を演じたままルボルーヤを罵り始めたのだ。
「私の子達はどこに居るの!? なんで売ってしまったのッ!?」
「────ち、ちがっ」
「信じてたのに! きっと立派に育ててくれるって信じてたのに!」
どうやらザックスは、エルムがルボルーヤを潰す時に使った会話をそのまま利用して、『最愛の妻本人から責められる』という最大の罰を与えようとしているらしい。
「返してよ! 私の子供達を返してッ! この悪魔! 血を分けた子供を売り払えるようなクズだなんて思わなかった! 幸せにするって言ってくれたのに! 騙したのね!?」
「ちがっ、違う! 俺はリュカを愛してた! 幸せに────」
「子を売られた母が幸せになれるわけ無いでしょう! あなたみたいなクズと結婚なんてしなければ良かった! あなたに出あったのが私の人生で一番の不幸よ!」
それから始まる、一時間にも及ぶ人格否定。しかも愛する妻(偽物)から。
「おぉぉ、壊れちゃったから諦めてたけど、まさか直してから更に壊すなんて……!」
「たった一回で許される訳が無いだろう。これでもまだ足りん」
エルムはザックスの事が気に入った。気に入らないなら直してでもぶっ壊す。その精神性がエルムの性格に合ったのだ。
今度はブツブツと何かを呟く事もなく白目を向いてヨダレを垂らすルボルーヤを見て、エルムは大変満足した。
「やるじゃん」
「お前こそな」
エルムはザックスと拳をコツンとぶつけ合う。それを見て羨ましかったポチとタマもエルムに拳を伸ばす。それに拳を当てようとするザックスだったが、「やっ!」とタマに拒否されて地味に傷を負っていた。
「ところでザックス。アンタって暗殺者なん? 諜報できる?」
「まぁ、本職だが?」
エルムは懐から適当に金貨を取り出してザックスに渡す。キースに卸してるスマシスによってエルムは現在かなりの富豪なので、お金は大量にあった。
「足りなきゃ追加で渡すから、専属になってくんね?」
「…………甥と姪を見守れるからコッチとしては嬉しいが、良いのか?」
「俺もちょうどそっち方面の仲間欲しかったんだよね」
今回、キースに因縁を付けて妻を奪おうとした商人の件も、エルムが諜報員を抱えていればもっと短期で落とすことが出来た。
商売で正面から叩きのめさなくても、学友のツテを利用して借りを作らなくても、単純に敵商人の身内について調べあげて脅すだけで終わったかも知れない。
要するに今回の件はエルムの趣味によって時間を掛けたが、そもそもが無駄な時間だったのだ。どうしてもルボルーヤに唾を吐かれてキャンセルされたNDKがちゃんとやりたかったエルムの暴走でしかない。
そんな事せずとも「娘さん可愛いねぇ」とでも脅せば良かったのだ。「あ、娘さんから花貰わなかった? それ俺からのプレゼントなんだよ」とでも言えば良かったのだ。相手に娘が居たかも分からないが。
今回は無駄に無駄を重ねてこうなったが、似たような事が起きた場合にもっと簡単に処理するため、エルムはザックスの抱え込みに走る。
「なぁポチ、タマ? これからは叔父さんが助けてくれるってさ」
「ふ、任せたまえ。完璧な仕事をご覧に入れよう」
最近、エルムは双子をダシに使うと何でも上手くいく気がしてならない。世界が双子に優し過ぎる気がしている。
その優しい筆頭が自分である自覚もないままに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます