キモティ。



 二ヶ月が経った。エルムがキースと交わした約束の期間だ。


 元勇者が使う樹法と言う最高峰の力を最大限に利用した計画は、なんの障害も無くただ成功した。


 エルムが広告業に手を出した一番の理由。それは商品の宣伝や他の商会に対する影響力などじゃない。


 最も大きな理由は、敵の商会へ自然な形でネガティブキャンペーンをブチかます為だった。


 現在、王都でも最も力が有り、数多の貴族からも利用されていた大商会は見る影もなく寂れていた。


 店舗に張り出すポスターにちょっと噂を書き込むだけで大ダメージを与えられる。それも、よその商会の宣伝を介して。


 例えば、「○○商会の新製品! あの××商会に邪魔されつつも、やっと世に出た最高の品!」なんてポスターを出せば、キースの店にやって来る客の多くがそれを目にする。


 握り潰すなんて不可能な程に決定的ながらもあくまで『噂』として流れる最悪の毒。


 抗議をしようにも、キースの商会と手を結んだ相手に何かを出来るほどの力なんて既に無い。あっちと取引するなら広告を打ち切るぞと脅すだけで誰も相手に手を貸さない。


 完全な八方塞がり。扱う製品が被る商会は軒並みエルムの広告によって業績を伸ばし、代わりに自分たちは落ちていく。そんなデフレスパイラルから逃げ出せなくなった頃に、エルムはやってきた。


「ねぇどんな気持ち? 軽く叩き潰せると思ってた相手に完膚無きまでボッコボコにされてボロボロになった今ってどんな気持ち? ねぇどんな気持ち?」


 執務室まで乗り込んで来たエルムに完璧なNDKを決められた会頭は顔を真っ赤にし、そして頭の血管がブチッと切れて憤死すると言う最後を迎える。


「えっ、マジっ!? 憤死ッ!?」


 目の前で急に事切れた相手に対してエルムは爆笑する。「憤死ってwww」と腹を抱えて笑い続ける。


「オコなのっ!? ねぇ死ぬほどオコなの!? オコ過ぎて本当に死んじゃったのッ!?」


 プギャーっと笑うエルムは酸欠でヒィヒィ言いながらタマに指示を出す。死にたてほやほやならまだ蘇生可能だからだ。


「────ぅぅあ、なにがっ」


「あ、死の淵に出張お疲れ様でぇ〜す! 憤死なんて貴重な体験出来て良かったね! 俺に感謝しろよ雑魚が!」


 頭の血管を繋いで心臓を再度動かした事により障害も無く蘇生出来た相手に、エルムは追加で煽っていく。今日も絶好調だった。


「き、貴様ッ……!」


「へいへいどうしたよ会頭さん! 女に目が眩んだせいで半生掛けた商会潰した無能さんよ! 今どんな気持ちなんだい? 是非教えてくれよぉ〜!」


 煽る煽る。この時の為だけに二ヶ月も我慢したのだから、エルムの口は止まらない。


 即断即決でその場にて断罪するのがエルムのスタイルだが、渾身のNDKを決めたいが為だけに我慢をしたのだ。


 ねぇどんな気持ち? 


 煽りスト(新語)にとって必殺技の一つである。実際に憤死させたので比喩ではなく必殺技であった。


「ねぇどんな気持ちなんだよぉ! 扱う商材も違う中規模商会に叩きのめされて気持ち良かったかぁ〜!? 美味い空気は吸えたかよぉ!?」


 言いたいだけ言うために、決着の時にキースすら連れて来なかったエルムを止める者は居ない。


 ついてきたポチとタマは、楽しそうにしてるご主人様おにいちゃんを見て嬉しそうにしてる。当然止める事なんてしない。


「こ、殺せぇええええええッッ!」


 会頭が叫び、部屋の隅々から暗殺者が飛び出して来る。だがとっくに気配を探ってたエルムにとっては稚拙な暗殺など意味をなさない。


 左腕に付け替えたベースから枝分かれして伸びる細い槍が殺到する暗殺者達を貫く。


「遅ぇえええっ! ボッコボコにされた後に暗殺って対応遅過ぎぃいい! …………あ、今までもやってたけど失敗してたんだっけ? ごめんごめーん! ショボすぎて暗殺だって気付くの難しくてさぁ!」


 我が世の春とばかりに煽り倒すエルム。


 八方塞がり。もうどうにもならない状況で、エルムは満足行くまで煽り続け、追加で二回ほど憤死させてから切り出した。


「はぁ、楽しかった。…………それじゃ雑魚会頭さんよ、精算に移ろうか?」


「せ、精算だと……? 今更なにを要求するつもりだ! こちらにはお前に支払うべき物など何も無い!」


「粋がるのは良いけど、本当に良いのか? もう不良債権そのものみたいな商会抱えて生きてくつもり? そんな被虐趣味で気持ち良くなりたいなら止めないけど、お前の所有する店の権利とかを買い取ってやろうと思ったんだけど」


 潰しにかかったは良いが、相手は犯罪者じゃ無い。だからエルムは決着の方法を色々と考えていた。


 実の所、この会頭は阿漕あこぎな商売も殆どしてない善良と言える商人だった。ただ一目惚れしてしまい、少しだけ道を踏み外しただけ。


 小狡いと言えるような取引はしてても、それはどこの商会も大なり小なりやっているし、この国では談合なども法で禁止されてないのだ。


 単純に経営不振で追い込んで潰すのが一番シンプルだが、相手は腐っても大手の商会を支えた腕利き。起死回生が出来ないとは言わない。可能性はゼロじゃない。


 だからエルムは乗り込んで来た。会頭が持つ店や土地の権利をありったけ寄越せと。その金を持ってどっかに失せろと。


 そうすれば、名実ともに目障りな商会を潰せる。慈悲を掛けて温情によって見逃すと言う、最高に屈辱的なシュチュエーションを押し付けた上で。


「今のアンタなら、ほかに売ろうとしても買い叩かれるだろうなー? 土地や店の売買だって立派な取引だ。ウチから切られる危険を犯してまで買いたい物じゃない」


 そう、今の会頭は店を売って再起することすら難しい。取り引きするとキースの商会から切られるのは公然の事実。なら潰れるとは言え店や土地を買うのはかなりグレーと言える。


 潰れる最後の取り引きなのだから、キースは気にしないかもしれない。だが気にするかも知れない。そんな危険を犯すならば、多大な利益と引き換えで無ければありえない。


 つまり、立派な店も好立地の土地も、二束三文で買い叩かれる。


「…………あ、悪魔めっ」


「え、褒め言葉? 商売に生きた玄人が十代の若造、それも商売の素人に得意分野で負けて悪魔呼ばわりって褒め言葉だよね? あぁぁぁキモティィィイ! 半生を商売に捧げた玄人からの敗北宣言キモティィイイイイイッ!」


 エルムは確かに、なんの比喩でも無く悪魔だった。


「超キモティィィィィィイイイイッッ!」


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