綺麗過ぎた。



 エルムがキースの家に上がり込むと、中には憔悴した様子のラプリアが居た。


 少しでも癒しになればと思い、エルムは抱っこしたままの双子をそのままラプリアに持たせた。


「ふふ、三人ともいらっしゃい。ゆっくりしていってね」


「いやまずはアンタがゆっくりしろ。とてもじゃ無いが、その顔色のアンタに世話を焼かれたく無いな。大人しく世話を焼かれる側になっとけ」


 エルムは双子によるアニマルセラピーをラプリアに押し付け、その間にキースから事情を聞く。


「……………………なるほどねぇ」


 トラブルの元が何かと言えば、それは意外な事にラプリアだった。しかし内容を聞けば納得で、エルムとしては遅かれ早かれ起きてたトラブルだろうなと考えた。


 と言うのも、トラブルの内容を簡単に説明すると『ラプリアに惚れた大店の主がキースから強引に奪おうとしてる』だけなのだが、ラプリアであれば仕方ないとエルムも納得してしまう。


 何故ならラプリアは綺麗過ぎた。


 正直エルムも、三十六歳のキースがなんだってこんなにも綺麗な若奥様を射止めたのか、本当に疑問だからだ。


 政略結婚でも無く、ラブラブの恋愛結婚らしい二人。こんなオッサンが二十二歳の若奥様を連れてたら、まぁ金を持て余したオッサンは『自分だってワンチャンあるだろ!』と思い違いするのも仕方ない事なのだろう。やはりエルムは納得した。


 だが方法が良くない。エルムは事情の背景に納得しただけであり、ラコッテ夫妻が受けた被害に対しては一ミリも納得してない。


「要はあれか、俺の妻にならないなら潰してやるって感じの嫌がらせか」


「一言で言うと、そうなるね」


 エルムは静かに切れていた。エルムは脳筋だから、やられたらぶち殺す意外に選択肢が無い。


「上等だぜ。誰のダチに手を出したのか教えてやるよ…………」


 この瞬間、相手の運命が決した。


 とても残念な事に、今のエルムから暴力を取り上げたとしても結果は変わらない。


 何故なら、樹法は全系統の中でも一位、二位を争う程に系統だから。


 ◆


「よしオッサン。授業を始めるぞ」


「な、なんだいエルムくん。急にどうしたんだい?」


「いやなに、いま俺って学校で教師役もやらされてんだよね。丁度いいからオッサンにも最新の商売を教えてやろうかなって」


 エルムは一度学校に戻り、しばらく外泊する申請をしてから戻って来た。自体が解決するまで泊まり込む気でいるし、そして中堅商人でしかないキースを使って大店を潰す、に時間をかけるつもりも無かった。


「商売を教えるって…………」


 自宅の居間でそう言ったエルムを見るキースだが、ほんの少しだけ不満を抱いた。


 何故なら商売は自分の領域であり、それを素人であるエルムに『教わる』となれば多少の反感は必ず出て来る。


 それを踏まえた上でエルムは更に口を開いた。


「勘違いして欲しくないから先に言うが、俺はオッサンが思う通りに商売は素人だぜ。でもな、商売の素人が商売を知らないなんて考えるのは、ちょっと早計がすぎるってもんだぜ?」


 エルムは確かに商売の素人だ。だが素人に知識が無いとは限らないのである。


 何故ならエルムには藤原にれの記憶があるから。驚く程に経済が発展してた世界に於ける商売の形をいくつも知っている。そしてこの世界では『商人しか知らない』はずの商売の基本を、エルムは当たり前に知っている。


「オッサン、商売で一番大事だと思う事を三つ言ってみてくれ」


「それは、やっぱり信用と、速度と、お金じゃ無いかな」


 時代が違えば常識も違う。主要な交通手段が馬車であるこの世界では、商売に於いて『速度』は相当重要なファクターだった。


 人より早く仕入れて、早く売りに出せばそれだけ多くの商機が舞い込む。キースは何も間違ってない。


「残念、その考えが既に『速度』が足りてないぜ」


 だがエルムは否定する。


「商売で一番大事なのは『宣伝』だぜ、オッサン。より多くの人に何かを伝える手段と力が、最も大きな力を産むんだよ。…………実際、相手の商人がオッサンの『悪い宣伝』をしたから、オッサンの店は今ああなってるんだろ?」


「それは…………」


 宣伝力が持つ力は侮れない。マジョリティがサイレントなだけで、ノイジーなマイノリティが意見を通してしまうのが世の中なのだ。


 それが事実無根だとしても、大声で喧伝されるだけでも効果があるのだ。


「さて、それを踏まえたうえで」


 エルムは今、相当ブチ切れてる。


 キレ過ぎて、逆に相手を即座に叩き潰す事を我慢する程に。


「俺に二ヶ月くれないか? それで相手の商人を完膚無きまでに潰してやるよ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る