何があった。



 弟子が突然生えてきたり、それを見たビンズが羨ましがって似たような事を要求して来たり、少し混沌としつつも生徒達は王都に辿り着いた。


 生徒が二名死んでおり、もしかしなくても大事である。


 だが課外授業で誰かが死ぬのはイレギュラーと言えるほど珍しくも無い。


 盗賊などは貴族の報復を恐れて基本的に課外授業の生徒に手を出す事はしないが、中にはその辺の事に頭が回らない盗賊も居る。


 他にも事故や災害など、予期せぬ出来事は起きるものだ。数年に一回は何人か死ぬ。


 なのでエルム達はその手の手続きや報告を教師に丸投げして大丈夫だった。多少の調書は取られるが、そもそも森にダプラが居て生徒が死んだなら学校側の責任である。エルム達は関係ない。


 そのため引率した教師は顔色が悪かったが、エルムが気にすることは無かった。ダプラは人為的に放流された個体なので学校側の責任は薄いが、それを報告するほどエルムは優しくない。


 何故ならそんな報告をすると事情聴取が長引くから。面倒なだけでエルムに得がない。


 親しい人間が被害に遭ったならまだしも、名前も知らない他人が二人ばっかり死んだ程度で、エルムが動くことは無い。


 そも、今回動いたのもオモチャが壊れると嫌だっただけであり、もしビンズが居なかったら何もしなかっただろう。


 だが、そう。もしエルムと親しい人間が何かしらの被害を受けていれば、エルムは動くのだ。


「……………………なにが、あった?」


 トラブルによってエルム達が早く帰っただけで、課外授業はまだ続いている。


 つまり学校には全校生徒の殆どが居ないのである。当然、学校はお休みだ。


 そんな降って湧いた休暇に、エルムは双子を連れて恩人の家に来ていた。


 連れて行けとせがむ弟子に課題を与え、稽古を付けてくれと懐いて来たビンビン勇者を樹法で縛り上げ、オモチャがつまらなくなって帰ってきたと嘆きながらもやって来た恩人の家、そして店。


「……何があったんだよ」


 とても寂れていた。


 エルムがオッサンと呼ぶ商人、キース・ラコッテの店は中堅どころの規模であり、大店おおだなとは言えなくても人入りは悪くない店だった。


 それが、何故か課外授業に行ってる僅かな時間で閑散とした様相になっていた。


 客の代わりに閑古鳥が大合唱している。あまりにも客が居なくて、店員が居ても閉店した店なのかと疑いそうになる。明らかに普通じゃない。


 中で暇そうにしている店員に話を聞いても良いが、どうせ本人にも聞くのだからとエルムは店の裏手に回った。キースの家がそこにあるから。


「帰ってくれ!」


 エルムが双子を抱っこしながら裏に回ると、ちょうどそんな怒鳴り声が聞こえて来た。


 声を聞いて少し足早になったエルムは、キースの家の前で言い合う二人を目にした。一人はもちろんキースであり、もう一人は見知らぬ男である。


 服装はキースのそれよりも何段か上の品質に見え、恐らくは貴族か豪商の類なんだろうと当たりを付ける。キースが商人である以上、その二つは切っても切れないだろうから。


「おやおや、この私にそんな態度をとってイイんですかぁ〜?」


「うるせぇな帰れって言われてんだから帰れよテメェ。ガキですら理解出来るのに頭悪いのか」


「ぃン────……!?」


 相手はキースの取り引き相手かも知れない。だがエルムには相手を気遣う理由が無かった。真後ろからボレーキックで真横に吹っ飛ばして無理やり退かした。


「え、エルムくん!?」


「大丈夫かよオッサン。何があった? 店の様子はそこの奴が原因か?」


 エルムは脳筋だ。『後で』とか『穏便に』とか、物事を円滑に進める為の我慢を良しとしない。


 触媒の種を蒔いて小型のスイカズラを五体ほど召喚し、その全てを蹴飛ばした男に向ける。いつだって暴力とは物事を解決するマスターキーなのだ。


「ひっ、ひぃ!? なんだそれハッ、なんなんだお前ぇ……!」


「うるせぇ消えろ。今は俺の用事が優先だ」


 古の音楽家みたいな灰色の髪をした金持ち風の男は、凄むエルムと唸るスイカズラに恐怖して逃げ出した。豪華そうな服もエルムに蹴り転がされたせいで汚れていてみすぼらしい逃げ様だった。


「で、何があった? 俺って気が短いからササッと終わらせようぜ」


「エルムくん……」


 何をどう見てもトラブルであり、エルムは首を突っ込む気満々だった。


 親しい人の為ならば、エルムは動くのである。


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