膨張法。
「ところであれ、何やってるの?」
哀れな精神異常者から視線を外したノルドは、エルムの傍で座禅を組んでる双子を見た。
傍目からは分からないが、双子が行っているのは魔力を伸ばす為の訓練法であり、実はヤキニクもエルムから教わってチャレンジ中だったりする。
「うん? いや、見れば分かるだろ?」
「うん。分からないから聞いてるんだけど」
「うん?」
「ん?」
何やら絶妙に噛み合ってない二人。エルムは自分で作ったシューファルシを食べながら、まさかと思って一応聞いてみた。
「まさかとは思うが、膨張法をご存知ない?」
「……………………ぼうちょうほう?」
いつもの煽りみたいな聞き方だが、エルムは大真面目に聞いている。
視線を巡らせ、全員揃ってるメンバーを見れば、誰もが首を横に振る。
「えっ、マジ? ホントに知らん?」
「その、ぼうちょうほうとやらが何を指すのかも分からない。知られてない特別な系統なのかとも思ったけど、文脈からすると訓練法の一つだろう?」
エルムは右手で額をペチンと叩いて「あいたー」とリアクションした。予想以上に魔法技術や文化の継承が失敗してる事に対しての「あいたー」である。
「な、なぁプランター。もしかして双子ちゃんが強い秘密ってその訓練法だったりするのか……?」
「…………まぁ、うん。多分?」
全員が「教えて!」と立ち上がったが、エルムは面倒だったので「帰ったら授業に来い」とだけ口にする。
「いやいやそりゃ無いっしょ!?」
「さわり! さわりだけ!」
熱意が凄くて根負けしそうなエルムは、逆に全員に聞いてみた。
「あのさ、膨張法って言うのは効率良く魔力を伸ばしつつ、魔力運用も磨ける画期的な訓練法なんだが…………、むしろお前らってどんな訓練で魔力伸ばしてんの? ダンジョンでモンスター狩ってる訳じゃないだろ?」
「え、いや普通に魔力使って使って、とにかく使うんじゃないのか?」
「魔力を何回も空っぽにすると、体が総量を増やそうとするって習ったけど…………」
「な、なんて原始的な…………」
エルムは戦慄した。それただの筋トレじゃん、と。
「いや、他の方法とか教わってないし……」
「魔法学校の教師つっかえねぇ……」
「エルムくんは、他の方法を知ってるの? その、ポチくんとタマちゃんが今やってるやつ?」
正しい訓練法さえ教われてないメンバーがあまりにも不憫になったエルムは、どうにか流そうと思ってた訓練法を教えてあげる事にした。
「あー、概要だけ軽く教えるな?」
膨張法とは、エルムが知る限りもっとも早く効率的に魔力を伸ばせる訓練方法であり、ダンジョンのモンスターが薄味だった事でむしろ訓練の方が効率が良いと判断したエルムの日課である。
「やり方は、まず自分の魔力を液体のように把握する事から始める」
そして、自分の中で魔力をゆっくり回転させて行く。最終着地点が同じなら、それが「回ってる」なのか「巡ってる」なのか、程度や認識の差は気にしない物とする。
回転させた魔力の外側に膜を意識し、水を入れた風船のようなイメージを持つ。この世界にゴム風船なんてまだ無いので、似たような物に例えて説明するエルム。
「そうしたら、回転を続ける膜にだけ干渉して少しずつ内側に圧縮を始める。なぜ水袋をイメージするかと言うと、そうしないと圧縮する時に魔力の全体を操作しないと失敗するからだ。水袋なら外側の膜だけ制御してれば水漏れはしないって理屈だな」
回転させるのは、圧縮中の魔力を安定させる為である。じゃないと手で圧縮させる水風船みたいにぶにゅぶにゅと指の隙間から逃げてしまう。
実際に指で圧縮する訳じゃないが、似たような感覚で行って良い。
「圧縮が上手くいったら、しばらくそのまま維持する。そうすると圧縮して空いた容量に魔力が新しく湧くな? 想像するのは水が入った樽だ。樽の中の水を圧縮したから、空いた容量に水が足される感じで考えろ」
そうして不足分の魔力を回復しきったところで、圧縮を解除するとどうなるか。
「自分の内包魔力限界よりも多い魔力が自分に宿ってるから、溢れそうな魔力が自分の限界値を押し広げようとする。この時、広げようとする膜の面積が広いほど苦痛が凄い事になるが、一晩も経てば落ち着いて魔力量が増えてるって感じの訓練法だ」
エルムが説明を終えた頃には、全員が食事をテーブルに置いて膨張法にチャレンジしていた。焚き火の明かりで染まるメンバー達は例外無く目を瞑って集中している。
「操作に慣れない内は大した量を圧縮出来ないだろうが、慣れて来たら圧縮出来る量も増えて効率があがる。ただ効率が上がる頃には総量も増えてるから圧縮に必要な技術も上がるんだが」
それと、無理に圧縮し過ぎて、膨張させる時に魔力の貯蔵庫が破裂なんかしたら、二度と魔法が使えなくなるリスクが存在する。
「そんな訳で、自分の魔力制御技術と相談しながら圧縮した方が良い。魔力貯蔵庫が破裂するほど膨張させると死ぬほど苦しい」
付随して、魔力臓器は目に見えないし体を開いても見付けられないが、確かに存在する臓器なので、破裂すると後遺症がある。
見えない臓器の治療なんて出来ないので、一度破裂すると二度と魔法が使えなくなり、魔法に対する抵抗も一般人以下になる。
「とは言え、制御能力が足りない内は破裂させられるほどの圧縮なんて無理だし、出来るようになった頃はそんなヘマはしない実力になってるから、あまり気にしなくて良いんだけどな」
渾身のシューファルシを軒並み残されてる事を悲しく思いながら、エルムは膨張法の簡単な説明と指導を終えた。そして冷めてきたシューファルシをモグモグする。
そんな時、野営地の外れから悲鳴のような声が聞こえて全員が目を開けた。
「た、助けてくれぇ!」
それはエルムに噛み付いてきた金髪少年の叫びだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます