マジ切れ。



 ノルド達は、エルムがブチ切れると思って真っ青になった。


 しかし蓋を開けてみたら真っ先にブチ切れたのはタマであり、そしてポチだった。


 当のエルムも切れるタイミングを逸してポカンとしている。


「ぜったいゆるさにゃぁぁぁああああああああああああああッッッ!」


「ぅなぁぁぁあああああああああああああああああああああああ!」


 触媒の種を握ったタマは驚くほどの速度と精度で堅牢なガントレット組み上げて実の父親をぶん殴り、ポチも種から木刀を生み出して全力でぶん殴る。


 自分が売られた事なんかどうでも良かった。腕を捻り上げられた事も気にしてない。


 だが、エルムの顔にツバを吐いた事は何よりも許せない。


 双子に取ってエルムは親であり、兄であり、神である。おのが神にツバを吐くなら神敵であり、撃滅する以外に納得など出来やしない。


 タマは樹法で作ったガントレットを霊法によるバフでぶん回し、ポチも樹法で作った木刀に刃法を重ねて男を切り刻む。


 その魔法の冴えはなんの比喩でも無くエルムのそれに匹敵し、そして男がぐしゃぐしゃになって死にかけたなら霊法による完全回復を経てからもう一度最初から痛め付ける。


 タダでは殺さない。反省も要らない。ただ痛め付けて存在の全てを否定してやる。双子の頭にはそれしか無く、その為だけに魔法を行使する。


 初めて聞いた二人の絶叫は、隅から隅までエルムへの信仰に染まっていた。


 顔を殴り潰しては回復し、四肢を切り落としては接続し、何度も何度も壊していく。


「…………あの日、あれ以上口にしなくて良かった」


「いつの話」


「あれ、らざにあって言うの食べた日」


 見ていたガレッグとドルトロイは青い顔で囁きあった。


 あの日、エルムに「お前料理出来んの?」と皆で疑った時、双子は確かに怒って触媒を握っていた。


 もしもう少しでも馬鹿にするような発言があったなら、自分はもしかして生きてなかったかも知れないと理解したガレッグは真っ青を通り越して土気色の顔になったし、それを聞いたドルトロイも似たような顔色に変化した。


「ぅぅぅううううにゃぁぁあああああぁぁぁあぁああぁあッッ!」


「んなぁぁぁあああああ! しんじゃぇええええええええええええ!」


 ほぼ喋らないポチでさえハッキリ「死んじゃえ」と言う。それがどれ程の怒りなのか、想像することしか出来ない。


 まだ魔力が少ない双子がその全てを吐き出す頃には、なんの比喩でも無くが出来上がってた。


「ていうかつっよ…………」


 ノルドはノルドで、双子が使った魔法の練度に戦慄してる。間違いなく自分よりも洗練された術式の構築だった。


 暴れに暴れた双子は、魔力がスッカラカンになったにも関わらずに意識を保ち、気持ち悪さを覚える素振りすら見せない。


 代わりに、獣耳と尻尾の毛は全てぶわっと広がり、瞳孔もガンガンに開いて「ふぅ、ふぅ……」と気炎を噛み潰すように息を荒らげていた。


「………………おま、どんだけ俺のこと好きなんだよ」


 エルムもやっと正気にかえって、呟いた第一声がそれだった。


「……………………………………ぇと、…………たく、さん?」


「いっぱい」


 聞こえていた双子も正気にかえり、振り返った後にモジモジしながら答えた。たくさん好きらしい。いっぱいちゅきらしい。


「そっかぁ。まぁ俺も二人のこと大好きだけどな」


「んふぅ〜……」


「ぇへへ……」


 エルムがしゃがんで両手を広げれば、もはやボコったの事などどうでも良くなった双子はその腕の中に飛び込んだ。


 しかしエルムの「好き」はペットに対するそれだった。だが双子の「好き」も神に対するそれなので、もしかしたら似合いの主従なのかも知れない。


 ひとしきりエルムにすりすりして甘えた後、ポチはハッと何かを思い出し、エルムの腕の中から抜け出してノルド達の方にぽてぽて歩きよる。


「…………ぇと」


 そして少しモジモジして頬を染めたら、低身長から生まれる絶妙な上目遣いでノルドとガレッグを見てぼそぼそと口を開いた。


「たしゅけて、くぇて、ありぁと。のぅどにぃに、がぇっぐにぃに……」


 名前を呼ばれた二人は、何かをズギュンと撃ち抜かれた音を聞いた気がした。そして「…………カハッ!?」と膝をついて胸を抑えた。


 対してドルトロイは「俺は!? えっ、俺はぁ!?」とめちゃくちゃ羨ましそうである。なぜなら今のポチはメイド服なのだ。可愛らしい女の子にしか見えない。


 メイド服。

 自分をにぃにと呼ぶ可愛い妹(男)。

 うるうるのお目々で上目遣い。

 普段喋らない子のレアな長文感謝。


 これらの条件がそろった事で、ノルドとガレッグは到底無視出来ないダメージを負った。


「ねぇ俺はぁ!?」


 膝をつく二人にポチがワタワタと慌てて心配する中、ドルトロイの声が虚しく響いた。


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