どうしたい?
「とまぁ、でかいこと言って見せたが、まだ殺さねぇよ」
エルムは地面を転がりながら股間を殴打し続ける男に向かって手を翳し、樹法を行使する。
すると男は奇行を止め、すくっと立ち上がって直立不動になる。
「…………か、完全洗脳」
その場面を見たノルドは、あまりにも恐ろしくおぞましい物を見て
完全洗脳。それは魔法では不可能とされた事の一つで、人の精神を自由に出来るのはそれこそ神だけだと言うのが通説である。
なのに、あまりにも完璧に他人を操ってみせるエルムに対し、ノルドはポイント稼ぎがある程度間に合って居て良かったと心の底から安堵している。
「エルムは、そんな事まで出来たんだね……」
「ん? いや別に大したことじゃねぇよ。樹法じゃなくても霊法でも同じ事は出来るし、確か霆法でも出来たぞ。まぁ魔法抵抗の無い一般人に限るが」
「え、いや、霊法では無理って言うのが研究の結果なんだけど……」
「そいつは研究者が無能なんだろ。そりゃ余りにも霊法の使い方を分かってねぇ」
エルムも霊法は専門じゃ無いが、しかし昔の仲間には霊法のスペシャリストもいた訳で。
「俺が今やったのは、冬虫夏草っつーキノコの仲間を操って、
しかし、そも菌糸類は植物なのか?
「実はな、菌糸類ってのは樹法でも霊法でも操れんだよ。混じりっけの無い生物かと言われたら植物寄りだし、だか真性の植物かと問われたら間違いなく生物だからな」
魔法とは術式を構築して行使する学問であり、同時に奇跡を起こす神秘でもある。
なので人の認識や事実、概念、その他諸々、世界に影響を及ぼす反面、世界からも影響を受ける人工の超常現象が魔法の正体。
つまり、生物の魂へと干渉して奇跡を起こす霊法は生物たる菌糸類に干渉出来る事実は動かないし、主成分に植物細胞に見られるセルロースが含まれる菌糸類は動物であっても広義的に植物と言えなくもないと言うこじつけも可能。
そんな曖昧な理論でも土台をしっかりと組みあげれば、魔法は魔法として行使可能なのだ。
「え、じゃぁつまり、同じことが出来るって言うのは文字通り……?」
「そう。マジで本当に今俺がやってる事をそっくりそのまま出来る。まぁ相応の練度が必要だけどな?」
それはとんでもない事である。ノルドはその知りたくなかった事実に冷や汗をかき、出来れば知らなかった事にしたいと願った。
あまりにも深い情報を得た為に消される人間なんて星の数ほど存在する。魔法による完全な洗脳が可能だなんて情報は出来るなら知らないで居たかった。
「さて、ポチとタマ、こっち来い」
ノルドの心情なんて構わないエルムは、ノルドの背後と赤茶髪の後ろに居る双子を呼んだ。呼ばれた二人は何を思ったのかビクッと肩を跳ねさせ、泣きそうな顔でオドオドとエルムの前にやって来た。
「怖かったな。離れていて悪かった」
双子は怒られると思った。せっかくチカラを貰っていたのに、何も出来なかった。傍から見たら無様としか言いようが無いと思ってた。
しかしエルムは欠片ほども怒気を見せず、地面に膝をついて双子を抱き締めた。
びっくりして、安堵して、そして今更ながらに怖かった事を思い出した双子はぐしゅぐしゅと鼻を鳴らし、呻くように泣き始めた。
「さて、お前らはアレをどうしたい? 好きにして良いぞ」
菌糸が脳まで達しているせいで、言葉すら自由に出来ない直立不動の男を指すと、双子はひたすら首を横に振った。
その気持ちは「心底どうでも良い」だった。エルムがそこに居るならあとはもうどうでも良い。復讐なんてするより、エルムに甘えたい。それだけが双子の本心だった。
「そっか。…………でもあのまま解放するのも癪だし、お前らが売られたようにアイツの事も売っちまうか」
状況が状況なので、犯罪奴隷として売り払う条件は完璧だった。なんなら双子の時よりも何倍も酷い条件で売り払う事も可能である。
エルムは泣きじゃくる双子を両手に抱き締め、そのまま持ち上げると言う無茶な抱っこをしながら男の方へと向かう。
そして菌糸を操作して脳の制限を一部取り払い、発言を自由にした状態で口を開いた。
「なぁなぁ、自分が売り払った子供に今から奴隷として売られるんだけど、今どんな気持ち? ねぇどんな気持────」
めちゃくちゃNDK出来る状況だと察したエルムが煽ろうとした結果、すぐに「ぺっ」とした音で返事が来た。
顔面に酒臭いツバを吐かれたエルムは一瞬でニヤニヤ顔を能面のような無表情に変え、それを見ていた三人は真っ青になった。
「クソガ────」
そして男は口汚くエルムを罵ろうとした結果、殴り飛ばされた。
タマに。
「にいちゃ、ぶじょく、ゆるさにゃぁぁぁぁああああッッ!」
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