死ぬよりも。



 激痛に叫び、しかし腕を刺し貫き地面に縫い付けられた男は痛みに転げ回る事も出来ない。


 そんな様子をハルニレの柄頭つかがしらに両足のつま先で乗ったエルムが見下ろす。


 どんな体幹をしていればそんな事が可能なのか、まるで地面にでも立っているかのように安定し、更には男を見下ろしながらしゃがみ始めた。全て地面に突き立った木刀の上でやっている。


「んで、コイツは誰さんよ? ノルドの知り合い?」


「いや、どちらかと言うとエルムの関係者だよ。双子の父親らしい」


「…………は?」


 あと一歩のところで重症を負うところだったノルドは冷や汗をかきながら質問に答えた。本当に、あと少しで刺されていた。その事実に背筋が凍るノルドは、同時に『エルムが助けてくれた』事実を噛み締めた。


 少なくとも、見殺しにされない程度には関係を修復出来て居る。そう考えれば凍った背筋も暖まる。


「えっと、ポチとタマの、元親?」


「そう、らしいね」


「…………えっ、じゃぁ二人を売り払った奴って事だよな? なんだって今、ここに居るんよ? どの面下げて?」


「理由は良く分からないよ。連れ去ろうとしてたのは確実だけど」


「…………ほーん?」


 エルムは双子を見た。


 タマはエルムの登場に心底安堵していて、ポチはノルドの背後で制服の裾をしっかりと掴んで、ノルドに信頼の視線を送っている。


(ふむ? なにやら次男ちゃん、ポチの好感度が凄い上がってるんだが? ノルドが助けてくれたって事で良いんだよな?)


 着々とエルムポイントを稼いでいるノルドは、同時にポチポイントも大量に稼いでいるらしい。


「まぁ、とりあえず敵って事で良いんだよな?」


 エルムは次にノルドと、未だに名前を覚えて居ないガレッグとドルトロイにも視線を向けて問う。当たり前に頷かれたのを確認して、エルムはハルニレから降りた。


「よいしょっと」


 そして右足で男の腕を踏み付け、殆ど鍔元までぶっ刺していたハルニレを一気に引き抜いた。


「いっぎゃぁぁぁあああああぁぁぁああぁぁあぁあぁああッッッ──」


「るっせぇな。喚くなカスが」


「いっぎ────」


 剣を引き抜かれた激痛で叫べば、気に障ったエルムが顔面を容赦なく蹴り上げて吹っ飛ばす。ついでにナイフも遠くに蹴り飛ばして反撃の目を潰す。男への蹴りは霊法によるバフも加えた、『殺すつもりの蹴り』である。


 いや、正確には『死んでも良いつもりの蹴り』か。殺すつもりはまだないが、死んだら死んだで別に良いや、と言う判断の元で蹴り飛ばしたのだ。


 と言うよりも、ある意味でから、今殺す必要が無い。


「くのっ、クソガキどもがぁ……」


「あらあら、存外まだ元気なんだな。まぁもう無駄なんだけど」


 顔面を血まみれにし、だがそれでも気炎を吐いて立ち上がる男。


「──────ぁぃえ……?」


 しかし、出来たのはそこまでだった。ゴスっと鈍い音がする。


「悪いなオッサン。俺のハルニレって基本的になんだわ」


 血走った目でエルムを睨む男は、次の瞬間に何故か自分の股間を殴り始めた。


 両手で握った拳の小指側、つまり『鉄槌』を何度も自分の股間に振り下ろし始めた男は、の重さに悲鳴をあげる事すら出来なくなる。


 男はそこを攻撃されると、呻く以外に何も出来ないのだから。


「なぁオッサン。冬虫夏草とうちゅうかそうって知ってるか?」


 冬虫夏草。日本でも知る人は知っている、虫の死骸に寄生するキノコの仲間で、漢方の生薬である。多くの人はそんな認識だろうが、だがそれはある意味正しく、ある意味で間違ってる。


 冬虫夏草とは一種類を指す言葉ではなく、虫に寄生する菌糸類の一体系を丸っとそう呼ぶ。 


 虫の死骸を養分にするタイプもあるが、『生きた虫に寄生して洗脳し、殺してから養分にする』なんて恐ろしいタイプも存在する。


 中には特定種類の虫に限って『なんの比喩でも無いバイオなハザードを起こす』種類も存在する。


 実際に、タイワンアリタケと呼ばれる冬虫夏草は人間に置き換えると本当に生物災害さながらの活動をする。


 タイワンアリタケは特定のアリに寄生する冬虫夏草で、寄生されたアリは徐々に自身の体を制御出来なくなり、最後は種族が巣にしている樹木の細い枝に向かって、自分の意思に反してガッチリ噛み付き、自分の意思とは関係無く枝を噛み続けたまま衰弱して絶命する。


 そして絶命したアリの体からは感染していたタイワンアリタケがニョキニョキと生え、育ったら胞子を飛ばし、次の感染者を作るのだ。


「巡れタケ」


 地球には『人類がキノコに寄生される』設定のポストアポカリプス系ゲームが存在するが、殆どリアルにそれである。


「俺のハルニレに少しでも斬られたら、致死毒も麻痺毒も思いのまま。花粉サイズの種を仕込んでも良いし、その種をに変えても良い」


 男は何度も、何度も、自分の股間を殴り続ける。ギャグでもなんでもなく、どちらかと言えば拷問の類である。既に男の股間からは血と粘液が滲んでいて、のが良くわかる。


 男は玉が潰れると、血尿と一緒に色々出てきてしまうのだ。


「お前もう、人として死ねないからな。体を少しづつキノコに犯されながら、ゆっくり狂ってけや」


 そして最後はキノコになる。


 それは恐らく、この世で最も恐ろしい死に方の一つかもしれない。


 間違いなく、である。


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