経験の差。
「な、なんなんだお前らは!」
土手っ腹に魔法の弾丸を食らってのたうち回っていた男が立ち上がり、血走った目でノルドを睨んだ。
それは元々の気質なのか、酒のせいなのか、理由は定かでは無いが正気には見えない有様だった。
「僕らは王立魔法学校の生徒で、この二人は魔法学校の仲間だ。威勢の良い
既に何者かは知っているが、それでもノルドはあえて問う。
「なにが人攫いだ! 俺はそいつらの父親だと言っているだろ!」
「嘘は止めてもらおうか。ポチくんもタマちゃんも既に所有者が居る奴隷であり、法的には誰の子でも無くなっている。そちらの言葉を信じるなら二人を奴隷として売り飛ばした張本人だと思うが、だからこそ父親なんて名乗りは許されない」
お前はもう、子を捨てた人間である。捨てた者の親権を主張するなど片腹痛い。そう告げるノルドの目は完全に戦闘を見据えており、男が何かしらのアクションを起こせばすぐさま斬り捨てる気でいる。
それを理解した男は鼻じらむが、酔いもあってか精神的に引くに引けない心理状態になっていた。
「うるせぇガキンチョが! 大人に逆らうんじゃねぇ!」
「自らを大人と称するなら、せめて大人らしくあって欲しいものだな。言っておくが、王国の法に照らし合わせると
魔法学校の生徒に逮捕権なんてものは無いが、それでも誘拐犯に襲われて反撃してはならじという法もない。この場でノルドが男を斬り殺しても、身分的にも法律的にもピュアホワイトである。
そも、ノルドは伯爵家の次男であり、長男が死亡してる現状は嫡子である。平民でしか無い男が罵声を浴びせて良い相手では無く、なんなら誘拐犯でなくとも斬り捨てて良い状況だった。
「るせぇ……! うるせぇうるせぇうるせぇぇええ! 口答えすんじゃねぇええええ!」
だがそんな事を理解出来る者なら、そもそもこんな状況にはなってないし、もっと言えば双子を売り飛ばしたりもしない。
だから男が腰の後ろに挿したナイフを抜いて斬りかかって来るのは、ある意味で必然だった。
「やむを得ないか」
ノルドは風の短剣を構え、他の二人も懐から杖を出す。事ここに至って、もはや無血での終息は無いと誰もが理解した。
「捕まえてやるぜ! 土壁ぇッ!」
ガレッグが型法によって地面を操作し、男の四方を囲って捕まえようとする。だが構築速度も制御技術もまだ
加えて、双子の親である男も種族は柔牙族。体は小さいが獣人種らしい身体能力を持っており、せり上る壁が伸び切る前に飛び越えて回避する。
「甘いよ、
「甘ぇのはそっちだクソガキ!」
ガレッグは男に逃げられるのは分かってた。だから壁の構築を一面だけ意図的に遅くし、男の逃走経路を絞ることで味方をアシストした。
そこに畳み掛けたのはガレッグと共に居たもう一人の燐法使い、ドルトロイである。
単純な火炎放射だが延焼性能が高く攻撃的な魔法で男を狙うが、しかし男はナイフを持った手の反対で何かを取り出し、迫り来る火炎放射に向かって投げ付けた。
「なっ、煙幕!? なんでそんな物を持ち歩いてんだ!?」
火炎放射に燃やされたせいで煙を吹き出した球は、この辺りで狩りに使用される臭い付きの煙幕だった。緊急時に獣が嫌う臭いと共に煙を撒き散らし、逃げる為の煙幕。
そう、この男は狩人だったのだ。
「こんな煙……! 風よ、吹き荒れろ!」
ノルドは即座に風を吹かせて煙幕を散らす。そうして晴れた視界に映ったのは、眼前まで肉薄してナイフを突き出そうとする男の姿だった。
「なっ────」
ノルドは強い。魔法学校に於いてノルド以上に扇法を使える者は数える程しかおらず、間違いなく目の前の男よりも格上だった。
それはガレッグも、ドルトロイも同じ。まだ名前すら知らない男と比べても遥かに強者である。
だが、三人とも致命的に足りなかった。
「命の奪い合いは、お遊びじゃねぇんだよぉぉお!」
そう、命を奪い合う経験が足りない。それはもう、致命的に足りない。
男は狩人である。普段から森で獲物を狩り、命を奪う事を生業にしている。
そんな相手と戦うには、三人とも経験がどうしても足りなかった。魔法が使えるだけではダメだった。『魔法を実戦で使える』のと、『魔法が使える』のでは天と地ほど差がある事をノルド達は知らなかった。
そのツケを、今、支払わされ──────
「なぁ、なにしてんの?」
────ない。
あと数ミリでナイフが刺さる、その瞬間。
天空より降ってきた悪魔がサクッと男の腕を刺し、地面に縫い付けたから。
「────────イッ、ぎぃぃいやぁぁぃああぁぁあッッ!?」
真上からハルニレを突き刺し、その
この世で最も実戦経験が豊富な元勇者が、土壇場で登場してしまった。
「いや、ぎゃぁーじゃなくて。何してんのって聞いてんだが? そのでっけぇー耳は飾りか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます