風の魔弾。



「まさか逃げ出して来たのか!? クソがっ、もう一回売り払ってやる!」


 その柔牙族は、双子と良く似た淡い茶色の髪をした男だった。


 成熟した柔牙族として男子中学生の下限くらいに伸びた主張に、酒によって焼けた喉から発せられるのはしわがれた声。


 身なりは程々に良いが、顔は常に嗜む飲酒から赤らんでいて、とても正常な判断が出来るようには見えない。もっとも、シラフだったとしてもマトモな人物かどうかは決してイコールでは無いのだが。


 双子を売った男。双子を虐げた男。双子から奪った男。


 たとえ魔法と言う暴力を得たとして、それは拭い去れない固定された関係性。


「オラ、こっちへ来い!」


 野営地にまでズカズカと入り込んでくる男に、数多のトラウマによって身が竦む双子は、樹法ないし刃法や霊法を用いれば容易に撃退出来る雑魚が相手でもその手段が思い浮かばない。


「はいはいはい、ちょっとちょっと〜?」


「俺たちの天使ちゃんになんか用かよオッサン」 


 だが、この場には二人の他にも頼もしい仲間が居た。


 共に魔法使いを志し、ひたむきに努力を続ける小さな仲魔を見捨てる様な人間を、ノルドは今回の旅団に引き入れはしない。


 一歩間違えば自分の首が飛ぶ。そう考えるノルドの全力の人選は、ここに来て最大の効果を発揮していた。


「な、なんだお前達は! 関係ない奴は引っ込んでろ!」


「おっとぉ〜? 関係無いのはそっちだろ〜?」


「こっちは村長さんへ正式に話を通して借り受けた野営地で、これから一緒に魔法の訓練しようって仲間なんだよ。部外者はそっちだろオッサン。さっさと引っ込めよ酔っ払い」


 少年二人は双子の前に立って視線を遮る。この場に居るのは守るべき小さな子供であり、同時に尊敬できる魔法使いである。守らない理由など存在しない。


 何やら因縁がありそうだったが、双子が怯えてるのだからどうでも良い。


 庇われた双子は、それぞれ少年の後ろに隠れて袖をきゅっと掴んだ。その瞬間、少年二人のやる気は青天井になる。


(小さくて可愛い女の子が袖をきゅってしてくれる。…………イイ!)


(我、今この瞬間の為に生まれ申した)


 そして二人のロリコンが産まれた。ポチは男の子だがメイド服なので問題ない。性別など些事さじである。


「お、俺はそのガキの父親だぞ! お前らこそ部外者だ! そこを退け!」


「……は?」


「え、父親?」


 しかし、ズカズカと近寄られながらそんな関係性を持ち出されたならば、二人の気勢も削がれると言うもの。


 その一瞬を突き、父親はポチの腕を掴み上げた。


「こっちに来い!」


「やっ────」


 ポチはせめてもの抵抗で暴れるが、同じ柔牙族とは言え大人と子供。その膂力は如何ともし難い差があった。


 もちろん持ってる系統を使いさえすれば、父親など軽く捻れる実力を既に持っているポチである。冷静に魔法を使えれば簡単に逃げられるものの、虐げられた記憶が邪魔をしてその発想には至れない。


「炸裂せよ、風の魔弾!」


 だがほんの一瞬の抵抗、ただ少しの時間を稼いだお陰で、その魔法は間に合った。


 くぐもった悲鳴を上げて吹き飛ぶ男の後に現れたのは扇法の使い手、ノルドラン・エアライド。エルムの兄である。


 指揮棒タクトのような杖を構え、ポチに無体を強いた男へ突き付けながら眉尻を上げて怒るノルドは、すぐさま魔力を練り上げて魔法を構築し始める。


「僕の弟が可愛がってる使用人に、いったい何をしている! ことの次第によってはタダじゃおかないぞ!」


 気炎を吐くノルドは、めちゃくちゃキレていた。何故ならエルムが可愛がってる双子を害された時の被害がとても許容出来ないから。


 あの化け物がマジギレしそうな無法を許す訳にはいかない。なにより、ノルド自身も双子の事を好ましく思っているから。


「護り給え、旋風結界」


 エルムに比べたらずっと遅い構築だったが、それでも学校ではトップクラスの扇法が発動して双子を包む。これでもう、魔法も使えない一般人は双子に触る事も出来ない。


「ガレッグ、状況は?」


「え? あぁ、なんか双子ちゃんの親父らしいんだけど……」


 ガレッグと呼ばれたのは赤茶髪の型法使いで、言われるままに情報を共有する。その短い言葉だけで大体の状況を察したノルドは、杖に風を纏わせて拙い刃法と混ぜ合わせた。


「風刃混合……! 顕現せよ風魔剣!」


 ノルドは刃法を得意として無い。だから風と混ぜる事で無理やり刃法の領域に足を踏み入れる。


 タクトが不定形な短剣に代わり、それは立派な武器になる。ノルドは風の短剣を男に突き付け、いつでも魔法を使えるように魔力を練る。


「双子はエルムが買った奴隷であり、もう法律上は誰も親権を有していない。尚且つ、ポチくんとタマちゃんの怯え方を見れば『父親らしい父親』だったとも思えない。つまり、僕達が『親』を理由に引く事も無い」


「あ、なるほど」


「そっか、そういや双子ちゃんって奴隷なんだっけか。綺麗なかっこしてるから忘れてたわ」


 傍から見ると、今のノルドは凄まじく頼りになる男だった。実際、守られたポチはキラキラした目でノルドを見ていた。大好きなご主人様おにいちゃんのお兄ちゃんは、ご主人様おにいちゃんみたいにカッコよかった。


 だがノルドの心はいつだって一つ。エルムを怒らせたくない、その一心で魔力をたかぶらせる。


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