まさかの再会。



 エルムが金髪を煽りに行った頃、双子は野営地にて頑張っていた。


 大好きなご主人様おにいちゃんに任されたお仕事である。当然ながら全力で取り組み、完璧かつ完全に遂行するべき大役だ。


 なぜなら、頑張ったら褒めてくれる。


 ぎゅっと抱き締めて、頭を撫でて、美味しいご飯にお菓子をくれて、魔法チカラをくれて、名前をくれて、呼んでくれる。


「ぽち、にいちゃ」


「ん?」


「そこ、こっと」


「ん」


 ポチとタマ。何やら手違いで書類に名前が欠落したと思われる二人だが、真実とは程遠い。


 なにせのだから。


 エルムは嫌なら言えと、そう双子に告げた。しかし双子にとって、真に主張すべき名前なんて最初から無かった。


 体の小さな種族である柔牙族じゅうがぞくは、女性の平均身長は男性のそれよりもさらに低い。


 そんな体で双子を出産するのは相応の負担があり、ポチとタマの母親は二人の出産と共にこの世を去った。


 父は母を愛していた。それはもう溺愛と言っても足りない程に。


 だからこそ、妻の命と引き換えに産まれてきた双子を憎んだ。そこから始まるのは長い長い復讐の日々。


 いっそ産まれた時に殺されたなら幸せだった。しかし父親はそんな選択をせず、最低限の養育だけは欠かさずにひたすら冷遇した。


 名前は与えられず、愛情など欠片も無く、自由に喋る事すら許されない。


 だからポチは喋る事をしない。殆ど全てを「ん」で済ませる。タマも喋るのが得意では無い。産まれた村で最低限の会話をポチに変わって請け負っていたから兄に比べて多少は喋れるだけである。


 だがここは違う。自分たちを買ったご主人様おにいちゃんは違う。


 下手すると喋っただけで褒めてくれる。抱き締めて撫でてくれる。今まで貰えなかった愛情の全てを、惜しみなく与えてくれる。


 だから双子はエルム・プランターが大好きだ。愛している。なんの比喩でもなく、エルムに死ねと言われたらニコニコ笑って死ぬだろう。


 依存、なんて言葉ですら生ぬるい。もはや二人はエルムが居ないと生きていけない。生きる意味も意義も意思も、全てを奪われて育った双子には、その全てを与えてくれたエルムの傍に居ること以上に大切な事など一つも無い。


 だから仕事を頑張る。旅団のテントを回って樹法を使い、設備を少しづつ整えていく。


 まだ魔法の維持が苦手なので、エルムの作ったスイカズラから木材を少しずつ徴収してキャンプ用品を仕上げていく。


 その道具すらもエルムから与えられた知識であり、簡単な木組みでしっかりとした寝床が作れるコットなどは存在その物から好んである。


 ただ長方形に作った木枠をクロスさせて布を張る。それだけで立派なベッド代わりになるキャンプ用コット。形で言えば百円ショップで買えるような、背もたれの無い折り畳み椅子を長くしただけの物。


 エルムに買われるまで、自分たちの寝床と言えば腐った藁束か硬い床だった。しかしエルムに貰ったこの知識と魔法さえあれば、もう二度と自分たちは硬い床で寝なくて済む。


 テントにコットを置いて回る度にその事実を噛み締め、双子はいつだってニコニコする。


 知識は財産である。その事を恐らく、この場に居る誰よりも双子は知っている。なぜなら知識を得ただけで自分たちは変われたから。


「あ、双子ちゃんありがとね! いやホント綺麗に魔法使うよなぁ」


「ほんそれ。下手したら俺たちより……?」


「下手しなくても負けてんだろ馬鹿め。オレ型法だから双子ちゃん達と似たような事出来るけどさ、こんな綺麗には無理だよ。オレがこれ作ったらもっとガビガビになるね」


「マジでプランターはどんな訓練させてんの? 俺も樹法の授業受けようかな……?」


 双子は旅団の人達も結構好きである。頑張ると沢山褒めてくれるから。それと同じくらい、ご主人様おにいちゃんが凄いって言ってくれるから。


 そう、ご主人様おにいちゃんは凄いんだ。とってもとっても凄いんだ。


 自分たちが褒められるより、ご主人様おにいちゃんが褒められる方がずっとずっと嬉しい。


 双子はやっぱりニコニコする。この場所では、エルムの元では、当たり前にニコニコ出来る。笑っていても許される。


「二人とも、仕事はそれで終わり? だったらちょっと樹法について教えてくんね?」


「あ、良いね! 代わりに俺達も魔法教えるからさ」


 赤茶色の少年と、白っぽい銀の髪の少年がそんな事を言う。双子は考えた。今使える魔法以外にも覚えたら、ご主人様おにいちゃんはもっと褒めてくれるだろうか。


「…………ん!」


「がん、ばぅ」


 ちまちました仕草で両手を握る双子に、少年二人もほっこりした。


 少年二人は貴族だが、双子が奴隷だとか平民だとかは気にしない。元々、ノルドはそう言う手合いを集めたので当たり前なのだが。


 しかしそれ以前に、食事の合間や寝る前にエルムが課す課題を頑張ってる双子の姿を見ているので、凄まじく頑張ってる事を旅団の全員が知っている。


 魔法学校に通う生徒なだけあって、魔法に真摯な双子はとても好意的に見られていた。何より、普段自分たちが行う魔法の練習よりも数段は過酷な訓練を文句一つ言わずに取り組む双子に、尊敬の念すら覚えている。


 ポチがメイド服を着てるのも理由の一つか。やはり男の子らしい男の子よりも、男の子だけど女の子みたいに可愛い方がウケが良い。


 これは男女の差がなく団員の共通認識である。


 気を良くした双子は、二人の男子生徒と共にテントから出て、野営地の端まで行って魔法の練習に加わろうとする。


「…………なぁっ、なんで此処ここにお前達が居る!?」


 そんな声が聞こえたのは、そんな時だった。


 声の主は、野営地のギリギリ外に居る一人の村人。柔牙族の男性だった。


 それは恐らく、双子がこの世で最も会いたくない人物であり、双子にとっても相手。


「……………………ぉ、おとぅ、さ」


 掠れた声が、タマの口から零れた。


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