感傷の記憶。



 エルムは不機嫌だった。


「逃げられた」


 そう、逃げられたから。


 村を挟んで反対側に野営地を構える相手方の旅団まで赴いたのだが、そちらはもう森へ討伐に向かう寸前であり、が居たにも関わらず逃がしてしまったのだ。


「まさかビンビンが居るとは…………」


 去り行く寸前、エルムが見掛けた一人の生徒。それは間違いなく股間の勇者であるビンズ・ブレイヴフィールであった。


 エルム自身も半ば忘れていたが、当主と交わした契約書にビンズの不登校を禁止する旨を盛り込んでいたので『全校生徒参加イベント』である課外授業から逃げられなかったのだ。


 思えば、ビンズの取り巻きだったと言う金髪が居たのだから、例外を除いて全校生徒が参加するこのイベントで共に参加してるのは予想出来た事である。


「もっと早く動けば良かった」


 金髪の情報をノルドから貰った時点で動いていれば、間違いなく捕捉出来たはずで、その事が一層エルムを不機嫌にさせる。


「こんな事なら、もっとストレートに言葉を選べば良かった」


 森へ逃げようとするビンズを見た瞬間、エルムは「ああ! 勇者様! 勇者様では有りませんか!? どうかそのいと尊きお名前をこの下賎なる身にお教えくださりませんか!?」と煽ろうとして、間に合わずに「いと尊き」までしか口に出来なかった。


 痛恨。まさに痛恨のミスである。


 そんなもったいぶった事を言わず、もうストレートに「あなたのお名前ナンデスカー!?」とでも言えば良かったのだ。そうすれば契約によって強制されるビンズはノリノリで名乗りを上げただろう。


 その強制された名乗りで足が止まり、そうすれば追加でいくらでも煽れたのだ。これはエルムのプレミに他ならない。札を出す順番を間違えたのだ。


「クソがよぉ」


 奴らが帰ってきたら死ぬほど煽ってやる。エルムは心に誓った。


 と言うか討伐失敗して来い。エルムは心の底から祈った。その際は二、三人は死んでも良いから。


 端的に言ってクズである。


「しっかし、この辺も寂れたねぇ」


 村への介入をノルドから禁止されてるエルムは、大事をとって村の中に入らず外回りで野営地に帰る途中。


 周囲を見渡し、森と山の位置、地図に記載された川の配置などから現在地を記憶から掘り起こした。


 この村では無いが、エルムにはこの周辺に見覚えがあった。


(風の勇者ルスリヤはこの辺が出身地だったよな)


 六勇者に居た柔牙族の女性を思い出す。扇法かぜの系統を極めた天才狩人であり、森の中に限定すれば当時最強だったエルムにさえも比肩した本物の女傑。


 樹法使いにとって森は最高のフィールドだが、同じくらい狩人にとっても最高の立地である。


 メイン武器は弓で、柔牙族らしい小さな体から脅威的な剛弓を放ち、純粋な弓の腕と風を読む才能に扇法が加わった時の命中精度と殺傷能力は文字通りの一撃必殺。


 エルムが、いやプリムラ・フラワーロードが、最も心を許していた相手である。


(………………他の四人はまだしも、ルスリヤに裏切られたのは普通に傷付くんだよなぁ)


 だからだろうか。エルムが必要以上にポチとタマを可愛がるのは。


 クナウティアは一応の血縁であり、割りと最初からエルムに懐いていた。だからこそエルムも可愛がっていた。しかし双子は違う。ポチもタマも、最初はエルムをガッチガチに警戒していたし、その心を開くまでに相応の手間と時間が必要だった。


 エルムは敵対者に容赦が無く、身内に甘い。そんなラノベ系主人公のテンプレみたいな性格だと思われがちだが、実際は違う。


 エルムが身内に優しいのは間違いないが、容赦が無いのは敵対者にではなく『興味が無い相手』に対してだ。


 だからこそ、同じ学校に通う生徒にさえも関わりが薄いならば「二、三人は死んでも良い」などと考える。


 わざわざ敵対関係にまで行かなくても、関わりが薄いだけでエルムは容赦なんてしない。


 なのに、エルムは双子に最初から優しかった。に対しては有り得ないほど気を使ったし大事にしていた。


(……やっぱ、引き摺ってんのかねぇ)


 エルムは恋愛に興味が無い。だがプリムラやにれもそうだったかと言えば、答えは否。


 楡にだって初恋の人は普通に居た。プリムラもルスリヤに心を許していたし、それはいっそ自覚の無い恋だったかも知れない。


 きっと、だから今は興味が無いのだろう。あれだけ仲が良かったはずなのに、実力の差で多少の軋轢があろうとも確かな絆を感じたのに、転生してみれば樹法は貶められてプリムラ・フラワーロードは魔女扱いだ。


 破れた想いの代替品。もしかしたら、そんなセンチメンタルな無自覚が双子を愛でて居るのかも知れない。エルムは今更ながらにそう自覚した。


 だからこそエルムじぶんは子供に優しくなったのだと。だからこそ柔牙族ふたごには特に優しくしてしまうのだと。


 全ては、小さく可愛らしかったルスリヤの影響。


「まぁそれを除いても二人は可愛いんだけどな」


 とは言え自慢のペットである。始まりは無自覚の代替を求めたのかも知れないが、今では間違いなく自慢の可愛いペットである。


 成長が極遅い柔牙族と言うのもエルム的にはグッドだ。


 地球のミニペット系は飼育に厳しい水分管理などが必要だが、双子は食事をもりもり食べても小さいまま。しかも一度懐くと永遠に甘々である。


 ミニウサギなんかとは比べ物にならない可愛さだ。


 犬や猫に類する獣人じゃないのも良い。柔牙族はラ○フェルがベースのミ○ッテ的な種族であり、獣耳はどちらかと言えばフェネックだし尻尾はライオンっぽい。


「よし、帰って双子を構おう。ビンビンを煽れなかった分を双子で癒そう。なんかポチもメイド服気に入り始めたし、新しいの作ってやるか」


 エルムは不機嫌さをひとまずポイ捨てし、スキップするように野営地を目指す。クラシカルとチャイナ系は作ったから、次はゴシックなメイド服でも作ろうか。そんな考えでキャリッジを目指す。


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