家畜の声。



 美味しそうにスモアをもちゃもちゃ食べる双子を膝に乗せ、やっと目的地についた一行。


 二頭のスイカズラはエルムが遠隔操作して、手元で双子を可愛がっている。ちなみにポチはまだメイド服である。


「そんなに気に入ったのか?」


 もちろんメイド服の事ではなく、スモアの事だ。


「みゃぁ……」


「ん〜」


 気に入り過ぎて、限られた数しかないマシュマロを小出しにして少しずつスモアを楽しむ双子は、エルムの膝の上で甘えに甘えている。


 もはや景色など見えておらず、二人の目に映るのは美味しそうなスモアと大好きなエルムだけである。


「膠が補充出来たらゼラチンに精製するから、マシュマロはその後な。今はそれ食べ切ったら終わりだぞ」


「んみゅ……」


「ん。…………にぃちゃ、あーん」


 ポチが差し出す食べかけのスモアをパクリと食べたエルムは、お礼に頭を優しく撫でながらヤキニクの上で村を見る。


 現在はこの学生旅団のリーダーであるノルドが張り切って村長に対応しており、エルムはこうして双子を愛でながら待っていれば良いと言われている。


 ポイント稼ぎに余念が無いノルドは、エルムが双子を可愛がれる時間を確保しつつ、その間に村での仕事を一手に引き受けた上で精査し、チームメンバーに割り振ってしまおうと考えてる。


 村社会と言うのは助け合いで回っているが、どこかしら常に綻びがあるものだ。それにチーム全体で掛かり切るのも非効率で、適材適所へと人材を割り振れるならそうの方が良いに決まっていた。


 兄が一人で撫でられてるのが気に入らないタマもエルムにスモアを差し出し、ご褒美に撫でてもらってニコニコの優しい時間。


 だが、世界とは常に優しさを中心には回っておらず、それを邪魔する者が必ず居る。


「ふん! 遅かったな落ちこぼれ共!」


「……………………?」


 声がする方に視線を向けるエルム。そこにはヤキニクに乗ったエルムを見上げる金髪貴族の子供が居た。


 制服を着ている事から課外授業参加の生徒だと分かり、エルムは「この村を選んだ他の旅団か」と理解して、しかしそれだけだった。


 何やら金髪の子供がギャーギャーと騒いでいるが、エルムの方に用事が無いのだから構う必要が無い。エルムとて、双子を愛でるか知らない子供を煽るかと言われたら、双子を愛でるに決まっている。


 何故なら煽りとはその時に感じた物で組み立てる芸術であり、今のエルムは双子の可愛さで気持ちがゆるっゆるなのでクオリティの高い煽りは出来ないと判断したのだ。


「おい貴様! 無視をするな! この僕を誰だと思ってるんだ!」


 だが双子を愛でてる優しい時間を何度も殴打され、邪魔を続けられるとその限りでも無くなる。


 エルムはもう一度振り返って金狐少年の顔を見て、やっとこっちを向いたかと口を開こうとする少年の対して首を傾げてからまた視線を戻した。


「おまっ、お前ぇー! 今こっちを見ただろう!」


 エルムはまた声の方に顔を向け、また首を傾げてからノルドの方へ視線を戻し────


 突然また振り返り、金髪少年の顔を二度見してから口を開いた。


「あぁ、もしかして俺を呼んでるのお前か!? あんまりブヒブヒ煩いからどこの豚が鳴いてるのかと探しちゃったじゃん!」


 小技を挟んだ煽り芸が炸裂。心底不思議そうに首を傾げていたのはこの為である。


「なっ、なぁ────」


 怒りのあまり声を失う金髪に、エルムは更に畳み掛ける。双子を愛でる時間を邪魔したのだから仕方ない。殺されないだけマシなのだ。


「なに? ブヒブヒブーヒブー? ごめんちょっと何言ってるか分からない。悪いけど豚の言葉は履修してないんだ。人間になってから出直して来てくれるか? 俺も豚を相手にするほど暇じゃ無いんだ」


 明らかに貴族であり、もしかしなくても豚呼ばわりなんて人生で初めてだろう少年の顔は朱色を通り越して紅蓮に染まる。


「…………と言うかなんで外に出てるんだ? さっさと豚小屋に帰れよ。この村に養豚場は無いだろ? なんだ、脱走して来たのか?」


「ちょっ、何してんだ!?」


 ここで、ノルドが異変に気付き、同時に金髪少年のチームメンバーも騒動に気付いたらしい。アンタッチャブルで有名になりつつあるエルムに対して何かしらをやったらしい仲間を慌てて回収する。


「おうおう、やっと養豚場の職員が来てくれたのか。今度はその豚さんが逃げないようにしっかり檻に入れて置いてくれよ? また近くでブヒブヒ鳴かれちゃ堪んねぇからさぁ」


 最後まで煽り続けるエルムを止めるものは誰も居ない。何故なら不可能だから。


 その矛先を一身に浴びた金髪少年は思い付く限りの怒声や罵声を口にするが、全て「え? なに? ブヒブヒ? だから豚の言葉は分からねぇんだってば」と更なる煽りを食らうだけだった。


「で、アイツ何?」


 相手の旅団が問題児を回収して消えたのを待って、エルムはノルドに聞いてみた。何やら遺恨がありそうな雰囲気だったが、エルムはあんな金髪など微塵も知らないのである。


「彼はビンズの取り巻きだった三年のサンズーガン・テルテルス。一応、燐法では学内トップだね」


「へぇ? なに、ビンズ君が大好き過ぎて、処した俺が気に食わないって?」


「いや、どうだろう? 取り巻きと言っても利害ありきだったと思うんだけど…………」


「なんじゃそりゃ」


 まさか、今になって噛み付いてくる者が居ると思ってなかったエルムは、なんとも言えない気持ちになった。公爵家すら二手で叩き潰したエルムである。普通なら近寄らない。


 それでも近寄るとしたら、完全に叩き潰せる自信や計画が存在するか、もしくは現状を理解出来ないアンポンタンのどちらか。


 エルムはしばらく考えて、「アンポンタンの方かなぁ……」と遠い目をするのだった。


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